秋のドッペルゲンガー

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夫婦の証拠

2009/04/19(日) 22:15:13

※ これは私が書いている金儲けブログ(FX 為替証拠金取引)に書いた小話です。
なのでFXのことを知らなければあまり面白くないかもしれません。
あまりにもこのブログが放置状態ですので転載してみます。。。

========================
【夫婦の証拠】

「なあお前、今度俺さあエフエックスをやろうと思ってさ」
「いやねえ、なに言ってんのよ。私たち毎晩やっているじゃないの」
「・・・えっ?もしかしてお前はもう俺に内緒で始めているのか?最近は主婦がダンナに隠れてこっそりやっているらしいからな」
「始めるもなにも、普通はひとりじゃできないでしょ・・・それに愛が必要でしょ。愛の無いセッ○スを私は受け入れることができないのよ」
「・・・・・・・・・あのなあ、俺が始めたいのはエフエックスでセッ○スじゃないって!」

「あら、ごめんなさい!聞き間違えたわ。。。私もなんで毎晩やっていることをわざわざ宣言するのかしらなんて思っていたのよ・・・ところでそのエフエックスってどんなスポーツなの、危なくないの?」
「えーっとね。エフエックスってのは為替証拠金取引つまり投資の一種なんだよ。たとえばニュースなんかで今日のドル円相場は105円で50銭の円高です・・・なんてやっているだろう」
「ああそれなら知ってるわ。でも為替をやるのに何か証拠が必要なの?アリバイとかだったら私が協力するわよ」
「いやいや、俺は犯罪をするわけじゃないし。。。たとえば10万円を証拠金としてその10倍だとか100倍だとかの取引ができるんだよ」
「あら凄い。それじゃ証拠さえあれば身分不相応なことができるってことなのね!」
「うーん、表現に問題があるけど、まあそういったことだ」
「でもドルって昔っから360円じゃないの。最近はドルが安売りしているのかしら。それだったら今の内にたくさん買っておいたほうが絶対に得よね。私もドルが欲しいわ」
「お前、相当経済音痴だな。その360円ってのは遙か昔の話だよ。今は固定じゃなくて、その国の力だとか経済状況によって為替レートってのが変動していくんだよ」
「あら、そんな難しいことを予想して儲けようとしているの?それじゃあアメリカと日本じゃ絶対にアメリカ人の方が大きいし、ステーキなんかも毎日食べているから、あなたドルを買いまくるべきよ!」
「・・・まあそう簡単なもんじゃないんだけどね。お前の言ってることも一理あるかもしれないな」

「でもあなた、いつも月末には煙草代もないって私に泣きついてくるくせに、そんな証拠にするようなお金がどこにあるのよ!」
「「いや、それは・・・ちょっと10万円くらいを出してくれないかな。。。」
「なに言っているのよ。そんな大金どこにあるってのよ。まだ車のローンも残っているし。そんな余裕なんてないわよ!」
「そう言わずにお願いだよ。じゃあその半分の5万円でいいからさ」
「あなた5万円を証拠にして、その証拠を増やすことができるの?」
「うーん、それは何とも言えないんだけどさ。デモトレードってのがあってね、これは現実のお金じゃなくて仮想のお金でトレードするんだけど、俺はある人のブログで覚えた方法で100万円が倍の200万円に増やせたんだよ」
「。。。あなたまた騙されているんじゃないの?この前もお腹に付けるだけで痩せるっていうブルブルマシーンを薦められて買ったくせに腹痛になって苦しんでたじゃないの」
「ああ、あれは俺に合わなかったんだよ。とにかくエフエックスってのはそんな怪しいものじゃなくて、ちゃんとした資産運用なんだよ。だから頼む、5万円でいいからなんとかしてくれ」

「やれやれ、あなたは一回思いこむと絶対あきらめないからしょうがないわね。じゃあ、そのエフエックスをやるために私が増やした証拠金から5万円を出すことにしましょう」
「やったー、ありがとう、やっぱり俺が愛した女だよ、お前は・・・ん?私が増やした証拠金ってなんのことだ?」
「とにかく、最近は、ドルが弱くなっているし、中東の原油取引なんかでもドルからユーロにシフトしていくようなのよ。それとサブプライム問題が収束するのはまだ数年かかると私は読んでいるの。ユーロに対して強気でいいかもしれないわね。それとスイスフランなんかは日本円よりも安定感があるかしら。5万円からだと千通貨単位で最初のうちはレバ10倍以内に抑えるべきね」

「ちょ、ちょっとお前・・・もしかして・・・」
「もう、変な詮索はしないの!とにかく証拠を増やしてちょうだいね。それよりも5万円をあげる代わりに今夜の夫婦の証拠も忘れないでね!」

(おしまい)
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Lost of Memory 2~第一印象

2007/10/30(火) 21:18:23

 昔読んだ小説だったか、あるいは映画だったか、こんな設定があったはずだ。

……主人公がどこか知らない場所で目を覚ますと記憶が失われている。
 そして、主人公は、自分ではまったく覚えていない不思議な力があることに徐々に気づいていき、また何かの事件に巻き込まれたり、ある人物と出会ったりして記憶を取り戻していく。
 記憶を取り戻すと、主人公はCIAの秘密エージェントで、大きな国際的陰謀を解決するために……。

 だいたいそんなストーリーだったと覚えている。

 ちょっと待てよ。
 これがいつ読んだ小説だかしらないが、俺はそのストーリーをきちんと覚えているじゃないか。
 全ての記憶が失われているわけでもないらしい。

 希望的観測だが、おそらく最近の……といっても数年程度の記憶だけが失われているのかもしれない。
 それならば……。
 俺は、幼稚園・小学校・中学校のこと、そして俺の両親のことを思い出そうとしていた。
 ダメだ。
 なにも思い出せない。
 俺の頭の中には、誰も登場しないし、なんの光景も浮かんでこなかった。

 さて、ミスターNobody、お前は充分ベッドの中で考えたはずだ。
 そろそろ何か行動をおこしてもいいころだろう。

 俺は、身を起こしてベッドの脇に立った。

 立ってみてわかったが、どうやら俺は、いわゆる中肉中背といった体格の男であることが分かった。
 フロアの冷たさが足に伝わってきた。
 どうやら今の季節は、少なくとも夏ではないことだけがわかった。

 もう一度、部屋の様子を見回してみた。
 家具調度類は少なく、そして広い部屋だった。
 一見して高級な建物の一室だということがわかる。

 書棚に近づいてみた。
 ほとんどがコンピュータプログラミングに関する専門書のようだ。
 その中の1冊を手に取り開いてみた。
 何がなんだか理解できない。
 しかし少なくとも書いている日本語は読むことができた。

 これで1歩前進した。
 俺は日本語を理解して、日本語で思考する人間……つまり有り体に言えば、「日本人」だっていうことだ。

 すると俺は、ミスターNobodyではなく「名無しの権兵衛」といった方がいいかもしれない。

 クローゼットを開けてみた。
 中には、背広数着と多くのネクタイが掛けられていた。
 どれも地味なものだったが、なかなか高級そうにも見える。
 これが俺の物だとしたら、少なくとも俺は普通の勤め人なのかもしれない。

 ……そして、クローゼットの扉には鏡が付けられていた。

 さて、俺との初のご対面だな。
 第一印象が大切だ。

 鏡の中の男は……。

 髪の毛は起きたばかりで寝癖がついているが短く刈り込まれていた。
 どちらかというと厳しい顔だった。
 鏡の中から俺を不思議そうに見つめる瞳には鋭さが感じられた。
 少なくとも、進んで友人とはしたくない男だ。
 年齢は30代後半、いや40代だろうか。

 試しに笑ってみた。
 鏡の中の男の表情が一変した。
 ほう、笑うと中々いい男じゃないか。
 そうか、お前さんは、どうやらモテるタイプなんじゃないか?
 
 鏡に向かって声を出してみた。
 「おい、名無しの権兵衛さんよ」
 自分で思っていたよりも太い声だった。
 まあ悪声でないことは確かだろう。

 とにかく鏡の中の男にまったく記憶がない。
 そう、初対面の男だった。
 俺は、自分の顔を忘れないように、もう一度、鏡の中にある顔をじっくりと観察し記憶することにした。

 俺は、パジャマを脱ぎ、クローゼットの下にある引き出しから下着やワイシャツを探しだし、そして一番高そうな造りのスーツを身にまとった。
 
 全てのものが俺の体にぴったりだった。
 ということは、これは俺のスーツなのだろうか?
 すると、ここは俺の部屋じゃないのか?

 スーツの襟の内側を見た。
 アルファベットで、
 Hashidume
と刺繍されていた。

 「ハシヅメ」か……。
 橋爪と書くのだろうか。
 とりあえず「名無しの権兵衛」よりは、マシだろう。
 これで、俺の名前は、「ハシヅメ権兵衛」に決まりだ。

 これで、また一歩前進した。
 
 そして、次の一歩は……。

 そう、、あの書棚の右側にあるドアを開けて、次の部屋に進むことだった。

(Lost of Memory ~初対面 了 つづく)
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Lost of Memory1 ~覚醒

2007/10/30(火) 20:31:37

 こんなことが我が身に起こるとは思ってもいなかった。
 でも不思議なことに俺は冷静でいることができていた。

 こういった経験はないだろうか?
 たとえば、出張先で安宿に泊まりベッドの上で目を覚ますと、
    あれ、ここはどこなのか?
    俺は、なんでこんなところにいるのだろう?
……と自分が置かれている状況が完全に目覚めるまでわからないことがある。
夢の影響なのだろうか、こんな状態も一瞬のことで、すぐに現実に戻ることができるのだが。

 今、俺は比較的大きなベッドの上で横になっている。
 目覚めてから数分経っている。
 ベッドの上から見える範囲内では、この部屋は、出張先のホテルでもなく、旅行先の宿でもなかった。

    窓には淡い青の遮光カーテンが引かれている。
    そのせいで、今が朝なのか、あるいは夜なのかが分からない。
    壁には天井に向けてオレンジの光を放つ間接照明がある。
    作り付けの書棚には、なにやら分厚い専門書のような本が整然と並べられている。
    その書棚の右には、おそらく次の部屋に続くドアがあった。

 この部屋は、俺の住んでいるところではない。
 まったく知らない場所だ。
 なぜ、こんな場所で俺は寝ていたのだろうか?

 まさか酔っぱらって他人の家に入り込んでしまったのだろうか?
 いや、そんなはずはない。
 その証拠に俺はきちんとパジャマを着ている。
 とにかく、この部屋から出て自分の家に戻らなければ。

 愕然とした……。

 「自分の家」のイメージが俺の頭の中から消えていた。
 俺は、どこに住んでいるのだろう。
 ええと住所は、東京都……その先が続かない。

 そして、俺は……いったい誰なんだ?
 驚いたことに、自分の名前をど忘れしてしまった。
 いや、自分の名前の記憶がなかったと言った方が正確だ。

 一体俺は何者なんだ?

 俺は何歳なんだろう。
 これもわからなかった。
 手の甲を見ると、血管がわずかに浮き出ている。
 どうやら若くもなければ、年寄りでもないようだ。
 今度は右手を頭に持って行き、髪の毛の感触を確かめてみた……良かった、禿げちゃいない。
 妙なもので、こんなことで少しは気持ちが落ち着いてきた。

 そうだ。俺はふと思いつき頬を思い切りつねってみた。
 あっ!これは夢だったのだ。
 そんなふざけた夢オチで、この状況が終わって欲しかった。

 ……しかし残念ながら、俺は痛みを十分に感じていた。

 さあ、これは現実なのだよミスターNobody。
 こういった思考をできるってことは、まだまだまともであるし、やはり不思議なことにさしたる不安もなく冷静でいることはできた。
 そう冷静でなければ、こんな状況から抜け出すことはできないとも考えていた。

 今は、俺がどこにいるのだろうかということよりも、俺は誰なんだということを知りたかった。
 そっちが先決だ。

 俺は、どんな顔をしているのだろうか?
 俺は、どんな声を出すのだろうか?
 俺は、何者なのだろうか?

 そして、あの書棚の右側にあるドアを開けると何があるのだろうか?
 そして誰かいるのだろうか?

 (Lost of Memory1 ~覚醒 了 つづく)
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雀の涙

2007/06/19(火) 23:30:15

 いつ泣いたのかなんて覚えちゃいない
 そもそも男ってのは涙を見せるもんじゃない
 ……なんてことを聞いたような気がする

 年をとれば涙の量が減ってしまうのだろうか
 いや、逆に年をとると涙もろくなるともいう
 
 俺の場合は確実に涙の量が減っている
 水分は人一倍に摂っているはずなんだが

 一生かけて流す涙の総量ってどのくらいだろうか
 何百リットルなのか、それとももっと多くなのか
 一回泣くと何デシリットルなんだろうか
 そもそも、デシリットルって単位は
 どれだけ集まると1リットルになるんだろう
 そんなことさえ分からない

 帰り道、電信柱の脇で雀が死んでいた
 雀の死体を見つけるなんてめずらしいことだ
 そういえば雀ってどこで死んでいるんだろう

 躊躇したけど、その雀を手に取ってみた
 信じられないほど軽くて、まだ子供だった
 
 こんな時に涙を3デシリットルくらい出せばいいのだろうか
 そういえば、雀の涙って言葉があったな
 それは1デシリットルにもならないだろう

 拾った雀は、ダウンジャケットのポケットに入れた
 水鳥の羽に包まれて、あの雀も少しは暖かかっただろう
 多摩川の土手に降り、その雀を埋めてやった
 そうしたら、俺の目から雀の涙ほどの涙がぽろりと落ちた

 その涙の量は、おそらく1デシリットルにもならないだろう

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(2005/3/17)
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コメント

2007/06/19(火) 23:06:53

 ブログでくだらない記事を書いて約1か月が経過した。
 自分の書きたいことだけ書いてきた。
 私にとって、ほぼ、生活の一部となるほどブログは重要なものとなってしまった。

 この歳で、ひとりぐらしということもブログに依存する原因なのかもしれない。
 いや、言い換えれば依存する何かを求めていたということだ。
 そこにブログが入り込んできた。

 ある日、私のブログにこんなコメントが寄せられた。
 
 こんばんは(miki)
 はじめまして!
 いつも、ブログを読ませてもらってます。
 変なおじさんですね 
 私のとこにも遊びに来てね

 
 これを読んだ私は、変なおじさんとは失礼だなと思いつつも、mikiというIDのブログを訪れてみた。

 驚いたことに、そのブログは中学2年の女の子が書いているものだった。
 書いている内容は、中学2年生とは思えないほどしっかりしたもので、私は、とても感心した。
  ピアノの練習のこと、好きな音楽のこと、友達のことなど身近なできごとを飾り気のない文章で綴っていた。
 彼女のブログを読むと、心が洗われ、なにかとても懐かしい気持ちになれた。 

 その日の記事は、友達との関係が上手くいかない悩みを素直な言葉で書いているものだった。
 真剣に友達を思う気持ちが伝わってきた。

 私は、その記事に、ごく簡単な助言を与えるコメントを残した。
 彼女のブログは、大人顔負けの内容を持った素晴らしいものだったが、不思議と私以外には誰からもコメントは寄せられていなかった。
 彼女は、去年の2月24日からブログを書き始めていて、週に一回ほど更新していた。
 今日で1年間続けていることになる。

 翌日、彼女から私のブログにコメントが返ってきた。
 それは、私のコメントどおりにしたところ友達と仲直りができたというものだった。
 
 それから、私と、彼女のブログを通しての不思議な交流が始まった。
 その内容は、とるに足りない日常の出来事についてのものがほとんどだった。

 彼女は着実に成長していた。
 その様子が、言葉の使い方、文章の内容からはっきりと分かる。

 ある日、私が書いたくだらない株式投資の記事に彼女からコメントが寄せられた。

 おじさん、ピアノは上達したの?
 カーペンターズは上手に弾けるようになったかな♪


 自分のブログを見直した。
 私がピアノの練習をしているなんて今まで一度も書いていない。
 なんで、彼女は、こんなことを..... 

 それからも、彼女は、

  私がタバコを吸いすぎること
  コーヒーを飲み過ぎること
  運動不足に悩んでいること
  行列や人混みがきらいなこと

などについて、やんわりと「おじさん気をつけてね。」などと優しいコメントを寄せてくれた。
 私のような中年男のことを心配してくれて、正直嬉しかった。

 いや、待てよ。
 確かに、ブログ上で、自分の悪習なんかについて書いたこともあった。
 でも.....

今日も、彼女からコメントが寄せられた。、

  あの犬を何で連れてこなかったの? 
  あの時、あの真っ白でかわいい子犬を拾ってくれば良かっ たね


 私は、全てを理解した。
 娘が生きていれば、今、中学2年生だ。
 
 今日は娘の命日だった。

 彼女、いや娘のブログを見に行った。

 そこには、
  
  おとうさん、今日でさよならね
  今日で、このブログはお終いにするの。
  とても楽しかったよ!
  今日は来てくれるんでしょ?
  おとうさんにプレゼントがあるのよ


と綴られていた。

 私は、雨の中、車を飛ばし郊外にある墓地に向かった。
 娘の墓の前で、小さな段ボール箱に入った子犬を見つけた。
 真っ白で、とてもかわいい子犬だ。
 私は、その子犬を抱き上げた。
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あたしの風

2007/06/19(火) 23:06:30

あの男性(ひと)がやってきたのは2学期の途中、そうです、そろそろ秋の気配を感じる風が吹き始めるころでした。
教室の大きな窓から吹き込んできた風のようにあのひとはやってきました。

転校生でした。
本当に冷たい風のようなひとでした。
でも、あたしには、その風がとても心地よかったのです。
お風呂に入った後、お散歩に出かけた時に感じる風のように。
クラブ活動を終えた帰り道に、あの丘の上で感じる風のように。
遠足で行った高原で、あたしの頬を一瞬なでる風のように。 あのひとは、遠く遠くから風と一緒にやってきました。 この田舎町よりも、ちょっと都会だったようです。 クラスメイトも、そしてあたしも、その風が教室内で吹くことにためらいがありました。

  だって、 その風は、香りが違ったからです。
  その風は、ぬくもりがなくて冷たかったからです。
  その風は、少し湿っていたからです。

 でも、あたしは、その風に優しさを感じていました。
  あたしは、その風に抱かれてみたいと思っていました。
  あたしは、その風を思い切り吸い込んであたしの中に入れてみたいと思っていました。

いつもは優しいあたしのクラスメイトも、その風が教室に流れ込むことを許しませんでした。

なぜでしょうか。

やはり、
 その風は、香りが違ったからです。
 その風は、ぬくもりがなくて冷たかったからです。
 その風は、少し湿っていたからです。

 あのひとが連れてきた風は、そのうち、すっかり弱々しい風になってしまいました。
 もう風ではなくて、教室にある普通の空気に混ざってしまい、あの香りはなくなってしまいました。
 クラスメイトも、馴染めなかった新しい風が吹かなくなって安心しているようでした。

3年生になっても、あたしはあのひとと同じクラスになれました。
もう、あのひとには、あたしの好きな風を感じることができません。
そして、その日は、突然やってきました。
やっぱり、2学期の途中、そろそろ秋の気配を感じる風が吹き始めるころでした。 
朝のホームルームの時間に、あのひとは教室の前に立って、みんなに別れの挨拶をしていました。
あのひとは、やってきた時とくらべると全然元気がなくて、まるで空気が抜けた風船のようにしぼんでしまったように感じました。

通り一遍のあいさつが終わりました。 
その時、あたしは、あの心地よい風を肌に感じていました。 だから、あたしは立ち上がって、開けっ放しだった教室の大きな窓を急いで閉めました。

この風は、絶対にこの教室から出したくありませんでした。

 だって、 あたしは、その風に優しさを感じていました。
 あたしは、その風に抱かれてみたいと思っていました。
 あたしは、その風を思い切り吸い込んであたしの中に入れてみたいと思っていました。

あのひとは、そんなあたしの姿をちらっと見ると、大きなスポーツバッグを持って、ほとんど無表情で教室から出て行ってしまいました。
あたしのことを、クラスメートが不思議そうに見ていましたけど、そんなことはかまいませんでした。
徐々に、あのひとの風が教室から消えていってしまいました。
なぜだか説明はできないけれど、あたしは教室から出て、あのひとの後を追いかけました。

あのひとの姿はみえなくても、あのひとの後には、あの素敵な香りが残っていました。
あのひとは、あの丘の上に立っていました。 そこには、強い風が吹いていて、あたしは今にも吹き飛ばされてしまいそうでした。
やっと、あのひとのそばにたどり着きました。 あのひとは、あたしに向かって言いました。
でも風が強くて、とぎれとぎれにしか聞こえてきません。

「ぼくの… 風はきみに… でも… ここから離れても… いつか…きみと… この風に気づいたら… いいかい?」

 あたしは、
「もちろんよ。あたしをあなたの風で包んでちょうだい。そして、一緒に連れていって。」
こう言って、目を閉じました。
すると、風があたしの体をすっぽりと包んでいることに気がつきました。

 その時、
 あたしは、その風に優しさを感じていました。
 あたしは、その風にもっと長く抱かれてみたいと思っていました。
 あたしは、その風を思い切り吸い込んであたしの中に入れてみました。

風がだんだん弱くなって、心地よい香りだけがあたしのそばに残っていました。
目を開いて見ると、あのひとはいなくて、丘の下、遠くの方で土埃が舞っているのが見えました。

それ以来、あのひとと連絡はとれていないし、どこにいるのかも分からなくなってしまいました。
でも、あたしは時々、あの丘で風が吹くのを待っています。
あのひとは、絶対にあたしを迎えに来てくれるはず。

その時には、優しい風に抱かれて、そしてその風を思い切り吸い込んであたしの中に入れてみようと思っています。
あのひとは、それを許してくれるはずです。

優しい風であたしを包んで、あなたの住む街に連れていって…。 
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影山さんの想い出

2007/06/17(日) 23:29:47

 影山さんは、あたしの同級生でした。
 高校時代の1年間だけお付き合いをしていました。
 正直に言うと、あたしは影山さんのことをよく覚えていないの。

 同窓会なんかでみんなが集まると、「影山ってさー、名前どおり影が薄かったよな。まったくいるんだか、いないんだか分からないようなヤツだったよ。」
って話になるの。
 影山さんは、どこかに行ってしまって、誰もどこにいるかわかりません。
 でもあたしは、いつか必ず影山さんが会いにきてくれると信じてるの。

 あれは高校最後の文化祭の日でした。
 あたしと影山さんは、文化祭が終わった後でちょっと近くの公園に散歩に行ったの。
 めずらしく影山さんから誘ってくれました。
 公園に向かって歩いていると、日暮れ時だったのでふたりの影がとても長く道路に伸びていたわ。
 でもその影は、あたしのと較べるとなにか影山さんだけ弱い陽に照らせれているように薄かったの。
 あたしは、その時、べつに不思議にも思わなかったし、「やっぱり影山さんらしい影だわ。」なんて変なことを考えていました。

 公園では、ブランコに腰掛けながらいろんなことをお話しをしました。
 将来のこととか、楽しかった思い出とかをです。
 ずいぶんとおしゃべりをしてしまったので、陽は落ちて暗くなってきました。
 いつもはおとなしい影山さんが暗くなるにつれ元気になってきたような感じがしたわ。
 そう影山さんは恥ずかしがりやさんだったの。
 
 影山さんは、突然ブランコをおりてあたしの前に立って、こう言ったの。
 
 「きみとも、今日でお別れだね。本当に楽しかったよ。ありがとう。僕は元いた世界に戻らなければいけなくなったんだ。」

 あたしの前に立っているはずの影山さんの姿がまるで闇夜に溶けていくようにだんだんと見えなくなってきました。
 
 そして、とうとう影山さんの姿が全然見えなくなると、地面に人間の形がした影が浮かび上がったの。
 暗かったのに影が浮かび上がるって変に思うかもしれないけど、まわりの暗さよりも、もっともっと暗い影で、難しい言葉で言うと「漆黒」っていうのかしら。

 その影があたしに話しかけてきたの。
 
 「君のことは忘れないよ。僕はとても天気がいい日に、また君に会いに行くからね。僕の姿は変わっているだろうけど君には僕だと分かるよね。」

 そういって影山さんはいなくなってしまったの。

 もうすぐ季節は春。
 暖かくてよく晴れた日に、あの公園のブランコで待ってるわよ。
 長い影を連れてここに来てね、影山さん。

(gooブログから再掲。寓話を書いてみたくなりました。たぶん筒井康隆の「七瀬シリーズ」のイメージがあったと思います。このオハナシを書いてから、似たようなものを3つほど書いています。どれも同じようなオハナシができるのでかなり焦りました…。) 
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ドッペル・ゲンガー

2007/06/17(日) 23:13:59

 その男の存在に気づいたのは、今年に入ってからだ。
 新年会を終えて、最終列車に乗った時だから、しこたま酔っていた。
 座席でうとうとしながら、どうも俺に似ているヤツがいるなと感じていた。
 そいつは、向かい側の座席の端に座って文庫本を読んでいた。

 世の中には、似ている人間が5人いるなんて聞いたことがある。
 それに、その時は酔っていた。
 それにしても、髪型、服装、体型、足を組む仕草なんか俺にそっくりだった。
 
 それから、ヤツは頻繁に俺の前に現れるようになった。
 地下鉄のエスカレーターですれ違ったり、乗り遅れた電車の窓から無表情で俺の方を
見ていたこともある。
 何回かヤツの姿を見て、ヤツは俺自身であることを確信した。

 ネットでこの現象を調べてみると、くだらない内容を書き連ねているブログに、ドッペル・ゲンガーという記事を見つけた。
 そのブログによると、どうやら自分自身を見てしまう現象があって、そんなことを体験してしまうのは死期が近いことらしい。
 
 バカな、この若さで死んでなんかいられない。
 タバコは吸いすぎだが、体調は健康そのものだ。
 そして、俺には大事な妻がいる。
 結婚してから10年以上経つが、妻の美しさは失われていない。
 いや、ますます美しくなっている。
 この妻のためにも...

 ヤツは、俺の会社の中にも現れるようになった。
 ある日、上司のところに週末に行われる営業会議の決裁をもらいに行った。
 すると、「お前は何回同じ書類を持ってくるんだ。ついさっき私が承認したばかりじゃないか。」と怒鳴られた。
 そんなはずはない...ヤツの仕業に違いない。
 課内の部下からも、「課長、さっきも同じ指示を受けてますよ。」などと言われることが何回かあった。
 ヤツの魂胆は何なのか。

 ある夜、妻を抱こうとした。
 仕事の忙しさを理由に最近はご無沙汰だったからだ。
 すると、妻は、「何よ、あなた。昨日のことをもう忘れたの。毎日って歳じゃないでしょ。」と言った。
 そうだ昨夜俺は残業で帰宅したのは深夜のことだった。
 その時、既に妻は満足そうに寝息をたてていた。
 
 ヤツは俺の家にまで来てる。
 しかも、俺の大事な妻を.....

 もう、怒りを抑えることはできない。
 俺の気持ちは決まった。
 ヤツを消す、そう殺さなければならない。
 ちょうど、今日は俺の誕生日で、妻とホテルのレストランで食事をする予定になっている。
 ヤツの行動パターンから、絶対、ホテルに姿を現すはずだ。

 アウトドアショップに行き、スイス製のサバイバルナイフを買った。
 俺は、妻との待ち合わせよりも早くホテルに向かった。
 
 やはりヤツはいた。
 何食わぬ顔をして、ロビーのソファーに座って新聞を読んでいる。
 まだ俺には気づいていないようだ。

 俺は、いったんホテルを出て、ヤツの背後に回れるように違う入り口からロビーに入っていった。 
 サバイバルナイフは、コートの袖に隠すように右手で握っている。
 
 ヤツのすぐ後に来た。
 俺は、試しに自分の名前を呼んでみた。
 予想通り、ヤツは立ち上がり俺の方を向いた。

 俺は、ヤツの左胸にサバイバルナイフを思い切り突きつけた。
 抵抗無くナイフは根元まで胸の中に入っていった。
 
 俺の前にいたはずのヤツの姿が消えた。
 俺の胸に激痛が走った。
 ヤツが抵抗してきたのか。
 いや違う。
 自分の胸を見ると、サバイバルナイフが深々と刺さっている。

 俺は、ホテルのカーペットに倒れ込んだ。
 サバイバルナイフを胸から抜いた。
 すると心臓の鼓動に合わせて血があふれ出てくる。
 
 薄れていく意識の中で、俺の周りに集まってきた人たちの姿を見た。
 ヤツがいた。
 しかもヤツの隣には、ヤツと腕を組んだ妻の姿があった。
 妻は、血を流して苦しんでいるのが自分の夫とは気づいていないようだ。
 ヤツは、薄ら笑いを浮かべている。

 生き続けるのに必要な血液がなくなってきたようだ。
 本当は、俺は俺じゃなくて、ヤツが本当の俺だったんじゃないのか。
 そんなことを考えていた。

(gooブログからの再掲です。一番最初に書いたアイデアストーリーです。ドッペル・ゲンガーを知っている方にはオチが読め、知らない方にはピンとこないショート・ショートかもしれません。自分自身では上手く書けたと少しだけ思っています。)
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空き家

2007/06/15(金) 23:31:10

 幼いころの記憶っていうものは、かなり曖昧模糊として、時間の概念もめちゃくちゃとなり、頭の中にあるいろんな断片を勝手に結びつけたり、あらたに創作したりして自分勝手なものにしてしまったりする。

 空き家ってのは今の時代もあるが、昔はもっと多かったような気がする。
 そんな空き家は、当時の私たちにとって格好の遊び場だった。
 いたずら仲間と一緒に家の中に入り、マンガを読んだり、ビー玉をやったり、元の居住者が残したわずかな家具…椅子やら、壊れたテレビ、座卓なんかを並べて、「茶の間」を復元したりした。
 私たちにとっては秘密基地のようなものだった。
  
 あの娘は、この空き家に住んでいた。
 正確に言えば、住んでいたなら空き家であるわけがないのだが、気づいた時には空き家だった場所で彼女の家族は暮らしていた。
 このへんの記憶は、おそらく私の頭の中で時間が前後してしまっているのだろう。

 彼女とは同じクラスだった。
 当時クラスの中には、明らかに貧乏な子が数人いたものだ。
 今ではあまり考えられないことだが、ランドセルも買えない、給食費も払えない、お金が必要な課外授業は欠席する…そんな子がいた。

 彼女もそんな貧乏な子だった。
 おしゃれをしたい年頃の女の子なのに、いつも同じ服を着ていた。
 私が覚えているのは、誰かからもらったようなサイズの合わない体操着に黒っぽいスカート姿だ。
 つぎはぎがあったり、汚れていたりしていた。
 髪の毛は、おそらくお母さんに切ってもらったのだろう不揃いのおかっぱだった。
 でも、その髪は豊かでサラサラしていていた。
 時々笑顔を見せると、とてもかわいいえくぼができた。

 子供ってのは、残酷なもので、大多数と違うようなものを忌み嫌う傾向がある。
 かなり辛辣ないじめがあったし、私もその仲間だった。
  
 とにかく、私は彼女をいじめてしまった。
 自分の残酷さを露呈するようだが彼女をいじめるのはとても楽しかった。
 そしてとても悲しいことでもあった。
 いじめをするたび、自分から何かが失われていくような気がした。
 しかし、彼女が失ったものを考えれば、私のそれはあまりにも小さいものだろう。

 いじめにあっても彼女はけっして泣かなかった。
 文句も言わなかった。
 ただ、黙って自分がはいている汚いスカートの裾を両手でいじっていた。

 空き家は彼女が住むようになって空き家ではなくなったが、私の中ではその家は相変わらず空き家だった。
 秘密基地を取られてしまったような感情もあったかと思う。
 そう言って彼女をなじったこともあった。

 空き家の前にはところどころが破れたトタンの壁があった。
 その穴から、中をのぞくと彼女はいつも濡れ縁に座って本を読んでいた。
 学校の図書館から借りたのだろうか、世界名作全集みたいな厚い本だった。
 私は、その姿をずっと見ていた。
 見ていたというよりも見とれていたのだと思う。
 彼女は、すっかりと物語の世界に入っているように見えた。
 ページをめくりながら涙を拭っていた。
 悲しいストーリーだったのだろうか、それとも私たちにいじめられたことを思い出していたのだろうか。
  
 家でも運動着を着ていた。
 黒っぽいスカートは、つぎはぎだらけで汚れていた。  

 彼女の隣に座って、いろいろと話しをしてみたかった。
 いじめたことを謝りたかったが、そんなことをする勇気はなかった。

 いつの日か、彼女はクラスからいなくなった。
 先生によると、事情があって引っ越したとのことだった。
 なんの事情かは分からない。
 貧乏な子、汚い子がいなくなったので、どちらかというとクラスの仲間は喜んでいたように思う。
 いじめの対象がいなくなってしまったことは残念に思ったのだろう。
 でも、ほかの友達がどう思ったのか本当のところは分からない。

 彼女が住んでいた空き家は、本来の意味での空き家に戻った。
 でも、私は、もうその中には入っていかなかった。
 なぜだったのか理由はもう覚えていない。

 彼女がいなくなってからも、私はよくその空き家の前を通った。
 トタンの穴からのぞいてみると彼女が濡れ縁で本を読んでいるかもしれないと思ったからだ。
 もちろん、そこには誰もいなかった。
 
 もっと優しくしていればよかった。
 もっといろんなことを話したかった。
 一緒に濡れ縁に座り世界名作全集を読んでみたかった。

 私は彼女のことを好きだったのかもしれない。
 今頃、そんなことに気が付いた。
  
 彼女は、いつも誰かからもらったようなサイズの合わない体操着に黒っぽいスカート姿だった。
 髪の毛は、おそらくお母さんに切ってもらったのだろう不揃いのおかっぱだった。
 でも、その髪は豊かでサラサラしていていた。
 時々笑顔を見せると、とてもかわいいえくぼができた。

 世界名作全集を読んで泣いていた。
 いじめられると泣きもせず、文句も言わなかった。
 ただ、黙って下を向き自分がはいている汚いスカートの裾を両手でいじっていた。

(gooブログから再掲。すべてではありませんが、幼い頃の記憶をかき集めて書いたものです。ノスタルジックなものを書きたかったのですが、それを上手く伝えることができず難しさを感じました。)
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ベートーベン「交響曲第9番(合唱付き)」

2007/06/15(金) 19:36:19

 夏の満員電車ほど辛いものはない。
 もちろん、どの季節だって通勤電車ってのは嫌なもんだ。

 あと何年、こうやって満員電車に乗り続けなければならないのだろうか。
 朝は、一様に不機嫌な顔をした俺と同類のサラリーマンに囲まれ、両足に履いている靴のサイズだけのスペースをやっと確保している。
 夜は、一様に酒臭いオヤジに囲まれているが、俺自身も同じ酔っぱらいだと思うと余計情けなくなる。
 どっかで聞いた話だが、人間ってのは自分の半径1メートル以内に他人がいるとストレスを感じるらしい。
 動物と一緒で縄張り本能みたいものがあるのだろうか。
 もちろんこれが恋人同士だったら別で1センチでも近くにいたほうがいいだろう。
  
 満員電車では1メートルどころじゃなく、四方八方に他人がいて体を密着させているからそのストレスたるや相当なもんだろう。
 まあ、生きるため、食うため仕方がないってあきらめなければならない。

 俺は、ちょっとでもこの苦痛を和らげるために、ウォークマンで音楽を聴いている。
 主に聴くのは最近はやりのヒーリングミュージックというもので、日本語では「癒しの音楽」というのだろう。
 俺はずっとこういった音楽のことをフィーリングミュージックだと勘違いしていた。
 まことにお恥ずかしいことである。

 今夜も、酔っぱらいに囲まれて新宿発の通勤快速電車に乗っていた。 
 快速という名の電車は、住宅街を縫って走るせいか全く快い速度ではなくどちらかというと痛勤鈍足電車と言った方がお似合いだった。

 混雑して座ることはできなかったので、いつものように連結部近くにある小さなスペースに体を滑らせて吊り革につかまった。
 ヘッドフォンを耳に付け、立ったまま目を閉じ癒しの音楽を聴き始めた。

 ……うん。確かにちょっとは癒される。アコースティックな響き。そして決して急がないテンポ。言葉がない音楽……いろんな情景が俺の頭の中に浮かんでくる。
 一種の退行現象だろうか……昔飼っていた犬のこと、川で泳いだこと、リュックサックを背負って遠足に行ったこと……そんなことが思い出される。
 
 そんな時、突然、曲調が変わり壮大な音楽が流れてきた。
 あっ、なんだ、これ。
 こんな音楽を入れたはずがないんだが。

 その曲がなんだかすぐに分かった。
 ベートーベンの交響曲第9番、いわゆる「第9」だった。
 
 第9には思い入れがあった。
 俺の親父がこの曲を好きで、俺が子供の頃に何回も繰り返しレコードをかけていた。
 あげくの果てに、「歓喜」の合唱部分……これはドイツ語だがカタカナに置き換えて一生懸命覚えていた。
 親父は俺と姉にこの歌詞を覚えさせて一緒に「合唱」させた。
 親子3人が合唱するなんて光景を思い出すとなかなかシュールな場面であるが、そのことを俺は懐かしく感じていた。

 俺の耳元では、交響曲第9番のテノールの独唱が始まった。
 記憶ではこの後に、管弦楽の演奏があって、あの有名な「歓喜の歌」いわゆる「第9の合唱」が始まる。
 ウォークマンに第9なんかを入れたはずがなかったのだが、そんなことも忘れてこの勇壮な音楽に身をゆだねていた。

 管弦楽の演奏が終わり、ほんの少しの間をおいて、例の合唱が始まった。
 よく年末にこの合唱は歌われるけど、やはりなかなかの迫力だ。

ダイネ ツァウベル ビンデン ヴィーデル ヴァス ディー モーデ シュトレング ゲタイルト
アーレ メンシェン ヴェールデン ブリューデル ヴォー ダイン ザンフテル フリューゲル ヴァイルト
 
 
 合唱を聴いていると、思わず親父が書いたあのカタカナの歌詞が脳裏に蘇ってくる。
 ……よく覚えていたもんだ。

 あれ、ボリュームを上げてなんかいないのに、合唱が大きくなってきたぞ。
 なんなんだ、こいつ。
 俺の横に立っている俺より年配の冴えない中年男が、第九を歌ってやがる。
 嫌な野郎だ……たぶん俺のヘッドフォンから音が漏れたんだろう。
 それにしても、なかなかいい声質だ。歌詞なんかも正確に歌ってやがる。
 あっ、なんだ……合唱がテノール部分に入ると今度は俺の目の前の座席に座っている女がソロパートを歌い始めた。
 こいつは、さっきから驚異的早さで携帯電話のメールを打っていたOL風の女だ。
 ……この女は情感たっぷり、そして艶やかに歌った。

 でもこいつらは何者なんだ・・・まったく気持ち悪い。
 
 歌が終わると、なにもなかったように俺の横の男はつり革にぶら下がり疲れた表情で目を閉じているし、前にいる女は、器用な指使いでまたメールを打ち始めていた。

 ヘッドフォンからは、また合唱が聞こえてきた。
 ここからがクライマックスだ。
 すると、まず俺の横の男がいきなり歌い始め、次に前の女も続いた。
 ……またか、こいつらふざけている。

 合唱がどんどんと大きくなって電車内に鳴り響いている。
 まさしく大合唱だ。
 俺の前の座席に座っていた奴ら全員、そして俺の後ろからも歌声が聞こえてきた。
 気がつくと、この電車に乗っている酔っぱらいの男、そして疲れた顔をしていた女全員が歌っていた。
 そしてそれは完璧な合唱だった。

フロイデ シェーネル ゲッテルフンケン トホテル アウス エリーズィウム
ヴィール べトレーテン フォイエルトゥルンケン ヒムリッシェ ダイン ハイリヒトゥム
ダイネ ツァウベル ビンデン ヴィーデル ヴァス ディーモーデ シュトレング ゲタイルト
アーレ メンシェン ヴェールデン ブリューデル ヴォー ダイン ザンフテル フリューゲル ヴァイルト


 俺も、ヘッドフォンを耳から外し、親父が書いてくれたあのカタカナを思い出しながら、腹から声を出して他の乗客に負けないように歌った。
 男性パート、女性パートのバランスも完璧だし、テンポも乱れることはない。
 乗客全員が喜びの表情に包まれていた。
 まさしく「歓喜の歌」だ。

 気がつくと俺は、あの中年男とメール女と肩を組んで歌っていた。
 こんな一体感を味わったことはない。
 なんて気持ちがいいんだろう。
 
 通勤電車は、完璧な合唱を響かせながらゆっくりと次の駅へと向かっていた。 

 (完)

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wish you were here~あなたがここにいてほしい

2007/06/14(木) 21:13:19

 夏の暑さも冬の寒さも、すべての季節を愛しています。
 そろそろ高校最後の秋を迎え、卒業まで残されたのはふたつの季節かと思うと寂しくなります。
 時々、あたしは誰もいなくなった放課後に、ひとり教室に残って思いにふけったりしています。
 高校生活は、とても楽しくて、そして友達や先生に恵まれて充実していました。

 でもあたしには心残りがありました。
 
 好きなひとがいます。
 同級生、そうクラスメイトです。
 
 でもあたしはそのひとの顔も名前も覚えていません。
 好きだった、愛していたこと。その燃えるような気持ちだけを覚えているのです。
 
 あのひとは、クラスメイトですけどクラスにはいないのです。
 転校した訳ではないのに。
 不思議なことでした。
 
 夏休みが終わると、あのひとは消えていました。
 あれっ、と思って、あのひとがいるはずの席を見てみました。
 
 あのひとは、教室の端、一番後の席に座っていたはずなのに、そこからは机自体が消えていました。
 だから、教室内に6列あるその場所だけひとつ机が足りなくて不自然な配置になってしまっています。

 私は、お友達に、「ねえ、ここにいたひと知らない?転校してしまったのかな」と尋ねてみると、みんなが、「何言っているのよ。そんな人いるわけないじゃない。だってうちのクラスは、元々35人じゃないの」という答えが返ってきました。
 
 違う、クラスは36人でした。
 6で割り切れた、という記憶があります。
 そう、6人の机が6列で36人です。
 そして、あのひとがあの一番後の席で、早弁したり、居眠りしていたこと、いつも何かの楽器を演奏していたような記憶もうっすらとあります。

 でも、その姿はぼんやりしています。
 大好きだったことだけを覚えているのです。
 そして、あたしはまだその気持ちをあのひとに伝えていませんでした。
 それが心残りなのです。
 
  時々、あたしは、まったくの思いこみかをしているのかもしれないと考えることがあります。
 お友達に話すと、「あなたは、誰かを愛したいだけよ。それで幻の男性を創っているのよ」と言います。
 そうかも知れません。
 顔も名前も知らないひとを愛しているなんて……

 ふたつの季節が過ぎて桜が芽吹き始めました。
 とうとうこの高校ともお別れです。
 
 卒業式の日は、友達と別れること、高校3年間の楽しかったこと、つらかったことを思い出して自然と涙が出てきました。
 でも、その涙の一部は、あたしが好きだったひとのことを思ってのものでした。
 あたしが愛した幻のひとです。

 校長先生の最後のお話が始まりました。
 私は、さりげなくその席を立って、講堂からひとり抜け出しました。
 最後の最後に、自分のクラスに戻ってあのひとのことを捜してみたかったのです。

 がらんとした廊下を歩き、自分のクラスに近づきました。
 遠くから、フォークギターの音色が聞こえてきました
 そう、あのひとはギターがすごく上手でした。
 
 あのひとの顔、声が私の中で蘇ってきました。
 名前も突然思い出しました。
 素敵な名前のひとでした。
 そう、私が大好きだったひとです。
 やっと会えます。
 何から話し始めようかしら。

 教室に着いて、ドアの前に立ちました。
 まだギターの音は続いています。
 私は、ドアを開けて教室の中を見ました。

 あのひとは、一番うしろの机に座ってギターを弾いています。
 机は、ちゃんと36個あります。
 あのひとも、あたしに気づいてくれたようです。
 あたしがとても気に入っていた素敵な笑顔です。
 私は、幸せをかみしめながら彼のもとにゆっくりと歩いていきました。

 でも、あのひとは、「来ちゃダメだよ。卒業式に戻らなきゃ。さもないと……」と言っています。
 その意味はなんとなく分かりました。
 でも、あたしはあのひとと一緒にいることができれば何を失ってもいいと思っていました。
 
 私はあのひとの机の横に立ち、ギターを弾いていた大きな手を握りました。
 「高校最後の日に、やっと会うことができたのね。」

 あのひとは、素敵な笑顔であたしを見つめると、あたしを強く抱きしめました。


___________
卒業式が終わり、生徒たちが教室に戻ると、ふたつの机が空席だった。
 でも誰ひとりとして、そのふたつの空席に誰がいたのかを思い出すことができなかった。 

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(以前書いた物を手直しして再掲してみました。結果として「手直し」となったかは自分ではわかりません。)
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ボール

2007/06/13(水) 23:29:00

 2車線の国道にその犬はいた。いたというよりも死んでいた。口にくわえたボールは潰れているようだ。茶色の毛は長く、しっぽが太かった。腹の部分はぺったんこになっていてアスファルトと区別するのは難しかった。顔の右側は道路にめりこんだようになっていたが、左側は比較的きれいだった。眼は開いているようにも見えたが、角度によっては閉じているようにも見えた。くわえているボールは黄色に見えたが血で染まり黒ずんでいた。首輪はしていなかった。
 しっぽが太かった。毛は茶色だったが腹はぺったんこでアスファルトと区別するのは難しかった。

 今日は、ご主人様の車に乗ってずいぶん遠出をしてきた。
 とても広い野原だ。
 木がたくさん生えていて、花もたくさん咲いている。
 鼻をクンクンとさせるといい臭いがして、うれしくなったので尻尾を思い切り振った。
 
 ご主人様は車を降りると、ボクの首輪を外してくれた。
 何でだろう。
 でも、首の付近が軽くなったような感じがした。

 ご主人様は、こんな広い場所なのにボクの傍に座ったままだった。
 ボクの背中や頭を撫でてくれている。
 
 何か悲しそうな顔をしているけどどうしたんだろう。
 
 あっ、ボクの大好きな黄色いボールを取り出してくれた。
 早く投げてくれないかな。
 ご主人様の顔を見上げた。

 幸い、道路の端でその犬は死んでいたから、顔だけはそれ以上轢かれることはなかった。顔の右側は道路にめりこんだようになっていたが、左側は比較的きれいだった。眼は開いているようにも見えたが、角度によっては閉じているようにも見えた。口にくわえているボールは潰れていた。しっぽが太かった。腹の部分はぺったんこになっていてアスファルトと区別するのは難しかった。

 あっ、ご主人様がボールを投げた。
 ずいぶん思い切り投げたな。
 
 ボクは、一目散にそのボールを取りに行った。
 木の陰にそのボールは入り込んでしまって、やっとボールをくわえることができた。
 早くご主人様のところに戻らなければ。
 そして、もう一回投げてもらおう。

 あれ、ご主人様がいない。
 車もなくなっている。

 そうか、ボクを驚かせようとしているんだな。
 でも、そこら中を探し回ったけどご主人様は見つからなかった。
 
 もしかしたらボクのことを忘れて、家に帰ってしまったのかな?
 ここからだと家に帰れないけどどうしよう。
 道は全然覚えていない。

 腹の部分はぺったんこになっていた。アスファルトと区別するのは難しかった。口にはボールをくわえていたが潰れていた。茶色の長い毛の犬だった。しっぽが太かった。眼は開いているのか閉じているのかはっきりしなかった。角度によっては開いているようにも見えた。くわえているボールは黄色に見えたが血で赤黒く染まっていた。

 とにかく走り続けた。
 ボールはくわえたままだ。

 息が切れて、口から泡が吹き出してきた。
 でも止まるわけにはいかない。
 途中に、大きな車がたくさん通っているけど、そんなのは構っていられなかった。
 
 だいたい方角は分かっていた。
 もう暗くなっている。
 
 走れなくなってしまった。
 でも、もう少しだ。がんばろう。
 もうすぐ、ご主人様が食事を出してくれる時間だ。

 あっ、ボクの家の灯りが見える。
 そう、オレンジ色の灯りだ。

 なんか、その灯りがふたつに見えるぞ。
 疲れているからかな。

 ボクはその灯りめがけて最後の力を振り絞った。

 2車線の国道にその犬はいた。いたというよりも死んでいた。口にくわえたボールは潰れているようだ。茶色の毛は長く、しっぽが太かった。腹の部分はぺったんこになってアスファルトと区別するのは難しかった。顔の右側は道路にめりこんだようになっていたが、左側は比較的きれいだった。眼は開いているようにも見えたが、角度によっては閉じているようにも見えた。くわえているボールは黄色に見えたが血で染まり黒ずんでいた。首輪はしていなかった。
 しっぽは太かった。毛は茶色だったが腹はぺったんこになっていてアスファルトと区別するのは難しかった。
 口には血に染まり黒ずんだ色のボールをくわえていた。
 茶色の毛は長く、しっぽが太かった。
 ボールは潰れていた。

(gooブログからの再掲。文体は、「本当の戦争の話をしよう」というベトナム戦争体験の短編をヒントにしました。後味が悪い話だと思いますが、自分の中ではいつまでも印象に残るものとなりました。)
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新宿駅西口地下通路

2007/06/13(水) 11:49:42

 俺は、毎朝この新宿駅西口通路を通り電車を乗り換え通勤している。
 広さは、400メートルトラックがある陸上競技場程度であろうか。
 この場所では大きな波がふたつできる。
 ひとつめは、私鉄駅からJR駅へ向かう人たちがつくる波
 もうひとつは、逆にJRから私鉄駅に向かう人たちがつくる波
 
 この大きな波を構成するのは、一様に不機嫌な表情をしたサラリーマンやOLだ。
 もし、この波を俯瞰することができれば、それは、さながらNHK大河ドラマにある合戦シーンのようだろう。
 もちろんふたつの波は、それぞれ敵同士ではないが、まるっきり正反対の動きをする行く手をじゃまする存在であることは間違いがない。

 俺は、学生時代ラグビーで鍛えたフットワークで、向かってくる人の波を身軽によけて乗換駅に向かう。
 その姿は、合戦にたとえればおそらく切り込み隊長のようだろう。
 現に、俺の華麗なフットワークにあやかって、俺の後ろを付いてくる要領のいい奴らもいるほどだ。
 
 人の波をすり抜けるコツは、向かってくる奴の目を見ることだ。
 人間は、まず視線を動かしてから体を移動するものだ。
 その動きはごくわずかなものだが、俺はそれを見逃すことがない。
 視線が読めない場合は、体の重心移動を読みとることにしている。
 わずかに右、あるいはわずかに左と、重心が移った方に人間は進路を変える。
 俺は、毎朝、この新宿駅西口通路で、こういったことを読みとっているから、向かってくる人間とはぶつかったことはなく、誰よりも早く乗換駅に到着することができる。
 まさしく新宿駅西口通路を制した王者・キングオブウエストゲートといえるのではないだろうか。

 そんな俺でも動きが読めない人間がいる。
 それは、メールを打ちながら、あるいは電話をしながら歩いてくる奴らだ。
 経験上、なぜかこういったことをしているのは女が多い。
 男の場合は、たいてい立ち止まってやっている。
 そういった意味では、女の方が一度に複数のことをやる能力が優れているのかもしれない。

 俺にとってそんな女はやっかいな存在だ。
 まず、そんな女は人の波の中でのスピードが違うし、予想に反するような動きをする。
 さっき話した視線を読むことも、重心移動を読むことも不可能に近い。
 
 そんな女が俺の方に向かってきた。
 距離は10メートルほどあるだろうか。
 紺のビジネススーツに白のブラウスの襟をのぞかせた出で立ちで髪の長い女だ。
 女は携帯電話の画面を見つめて、しかもハイヒールであるにもかかわらず器用に人の波に乗って歩いている。
 俺がこのまま真っ直ぐ歩いたとしたら、この女にぶつかってしまうことだろう。
 既に女との距離は3メートル足らずになった。
 女は、あいかわらず携帯電話を見つめている。
 俺は、自分の進路を約5度ほど右へ変えた。
 すると何を思ったのか、女は進路を俺とほぼ同じ角度で左へ変えやがった。
 キングオブウエストゲートを誇る俺がこんなメール女に進路をじゃまされてたまるか。
 俺は、右へ変えた進路を今度は約10度左へ変えた。
 通常、これだけ角度を変換すれば対向する者との接触は回避されるはずだ。

 しかし、信じられないことにこのメール女はまた俺とほぼ同じ角度で進路を右へ変えやがった。
 もう女との距離はない。
 残念なことに、俺は立ち止まってしまった。
 新宿西口通路で初めてのことだった。

 俺とメール女は、動き続けるふたつの人の波の中で、唯一動くことがない漂流物のような存在となってしまった。

 俺は、頭ひとつ低い女を見下ろして怒鳴った。
「おい、こんなところでメールなんか打ってるからだぞ」

 女は、一瞬戸惑いの表情を見せたが、
「すみませんでした。職場に急ぎで連絡しなければいけなかったものですから」
と素直に謝った。
 そう言った女の顔をよくよく見ると美人であることに気づいた。
 かすかに石けんの香りが漂ってくる。

 今時、こうやって素直に謝ることができる女は珍しい。
 最近は、ちょっとしたことでキレル女ばかりが多くなっている。
 いや、これは偏見だろう、もちろんキレルのは女だけではない。

 まあそんなことはどうでもいい。
 この場で立ち止まってしまったが、それはほんのわずかな時間だ。
 また、颯爽と人の波をくぐり抜けていけば挽回できるだろう。
 俺は、
「いいえ、こんな場所では人とぶつかって思わぬ事故となってしまうことがありますから、お互いに気を付けましょうね」
 などと、まるで小学校の先生のような口ぶりで言った。
 女は俺を見上げて、うなずきながらわずかに微笑んだ。

 さて、先を急がなければ。
 俺は、立ち止まっている女の右側を抜けて進もうとした。
 すると女が、左に移動して俺の進路を塞いだ。
 いや塞いだのではなく、お互いに同じ方向に進もうとしたのだ。

 俺は苦笑いをして、また進路を変えようとした。
 すると女もまた同じ方向に動いた。
 
 さすがにイライラしてきた。
 俺は、もう進路を変えることはあきらめそのまま真っ直ぐに進むことにした。
 つまり突進して進路を確保することにしたのだ。
 あろうことか、この女も同じことを考えたらしい。
 俺たちは真っ正面から激突して、恥ずかしいことに新宿駅西口通路で俺が女に覆い被さるように倒れてしまった。

 倒れる瞬間に俺は女の体が通路にぶつからないようにかばってあげたので幸い怪我することはなかった。
 俺たちの周りには、人だかりができ、物珍しそうに朝の見せ物を観察していた。

 俺の下に倒れている女は、俺の目をじっと見つめると小さな声で、
「ありがとう」
と言った。

 俺は彼女の両手を取り、起こしてあげた。
 驚いたことに起きあがった女は、俺の体に手を回して抱きしめてきた。
 もちろん俺も、女を強く抱きしめてやった。

 すると俺たちの周りにいた奴らから拍手が起こった。
 どうやら俺たちを祝福してくれているらしい。
 その拍手の音は新宿駅西口通路全体に響き渡るほど大きなものになった。

 しばらくすると、拍手もやみ、そしてまたふたつの波はそれぞれが目指す方向へ流れ始めた。

 しかし俺と女だけは、あいかわらずその大きな波の中で動くことを忘れた漂流物のようにその場にとどまり抱き合っていた。

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淫らな太もも(18禁)~後編

2007/06/10(日) 11:14:53

注 ますます表現が露骨になっていきます。Adults Only!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 俺は、危うく痴漢となるところだった。
 電車が停止してドアが開いた。
 ひとときの夢だったんだな・・・・・・そう思って彼女から体を離し電車から降りた。
 俺の右手は、彼女の柔らかい胸まであと数センチのところだった。
 どうせなら触ってしまえばよかった。彼女もそれを望んでいたはずだし……あいかわらずそんな妄想にとりつかれていた。

 俺のマンションは駅を降りてから歩いて15分かかる。
 駅前だけはけっこうにぎやかだが、5分も歩くと人家も少なくなり田んぼがあるような郊外の駅だ。

 俺は、いつものように煙草をすいながら家に向かっていた。
 
 あっ、彼女だ。
 さっき電車の中で俺と密着していた女だ。
 俺の10メートルくらい前を歩いている。
 あんなきれいな女が俺と同じ駅を使っていたんだ。
 それに帰る方向まで一緒のようだった。
 後ろから見る彼女の足はブーツに隠されていたが、まっすぐでとてもきれいな足だった。
 歩くたびに形の良い尻が左右に揺れている。

 やはり彼女は俺を誘っているんじゃないのか?
 その証拠に時々チラチラと振り返って俺の方を見ている。
 これだけ離れていても、あの新緑の薫りが漂ってきた。

 駅から俺のマンションまでは交差点を3回右に、そして2回左に曲がる必要がある。
 彼女の後を歩き3回右に曲がったところだ。
 そして彼女は次の交差点を……やはり左に曲がった。

 もう確信していた。
 彼女は俺の住んでいるところを知っているのだ。
 もしかしたら俺のストーカーかもしれないが彼女だったら大歓迎だ。
 彼女は絶対に俺を誘っているのだ。
 俺の淫らな欲望が再度高まってくるのを感じた。

 彼女は最後の曲がり角も左に曲がった。
 あと100メートルほどで俺のマンションに着く。

 俺は足を速めて彼女に近づいていった。
 すると彼女は振り返り、ニコっと微笑んだ。
 その笑顔を見て、俺の欲望ははち切れんばかりとなってたまらず走り出した。

 すると彼女も走り出した。
 まるで俺から逃げるように……。

 俺は全速力で彼女を追った。
 彼女は、尻を激しく左右に揺らしながら俺と同じように全速力で走っていた。
 俺と彼女の差はまったく縮まらない。
 おまけに俺のマンションは、とっくに通り過ぎてしまっている。

 彼女の走法は完璧だった。
 あごを引き、太ももを高く上げ、腕を大きく振っている。
 まるで陸上の選手のようだった。

 負けてはいられない。
 俺の性欲は異常に強いのだ。
 しかし今は、性欲というよりも獲物を狙う肉食動物のような狩猟本能が俺の中で目を覚ましたようだった。

 俺は学生時代ラグビーの選手だった。
 だから足には自信がある。
 
 少しずつだが彼女との差が縮まってきた。
 もうすこしだ……。

 俺はやっと彼女に追いつき、そして併走していた。
 横目で見ると、彼女の形の良い胸が上下に大きく揺れていた。

 とうとう俺は彼女を抜き去った。
 さっきとは逆に10メートルくらい差をつけることができた。

 俺は振り返って確かめた。
 すると、彼女は、ものすごい形相でスピードアップしている。
 スリットスカートがめくれてきれいな白い太ももが見え隠れしている。
 太ももの筋肉がダイナミックに躍動している。
 どうやら彼女はまた俺を抜き去るつもりらしい。
 
 負けてたまるか…俺は力を振り絞って走り続けた。
 しかし、彼女の持久力のほうが勝っているようだ。
 ハッハッ、スースー、ハッハッ、スースー、というプロの長距離走者がやる規則的な呼吸が聞こえてくる。
 
 とうとう彼女は俺に追いつき、そしてまた併走することとなった。
 あいかわらず形の良い胸はその弾力性を誇るかのように上下に揺れている。

 既に30分は走り続けているはずだ。
 俺と彼女はお互いにもう追い抜いたりするようなことはなく、きれいに隣同士でペースをあわせて走っていた。
 俺も彼女をまねてハッハッ、スースー、ハッハッ、スースーと呼吸をしている。
 これこそ文字通り息が合うってことだろう。

 彼女となら、こうやって息を合わせてどこまでも走っていけそうだ。
 心と体がひとつになるってのはこういったことだろう。

 俺の隣の彼女は、あいかわらず形の良い胸の弾力性を誇るかのように上下に揺らしながら走っている。
 スリットスカートがめくれてきれいな白い太ももが見え隠れしている。
 太ももの筋肉がダイナミックに躍動している。
 そして俺は彼女のきれいな髪から漂ってくる新緑の薫りを味わいながら呼吸を続けていた。

 彼女となら、こうやって息を合わせてどこまでも走っていけそうだ。
 呼吸も一緒なら、今や走るペースも完全に同じになった。
 心と体がひとつになるってのはこういうことなんだろう。

 もちろん目的地なんてなかった。
 そして俺の淫らな欲望はすっかり消え失せ、純粋に走ることを愉しんでいた。
 
 彼女と一緒にこうやっていつまでもいつまでも走り続けることさえできればそれでよかった。

 (淫らな太もも 完)
 
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淫らな太もも(18禁)~前編

2007/06/10(日) 10:10:27

注 初めて官能小説に挑戦してみます。あまりにも過激かつ露骨な描写がありますでの18歳以下の良い子は読まないでください。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 目の前の快楽に抵抗するのはかなり難しいことだ。
 たとえば今、俺の横に体のいたるところからフェロモンが発散しているような女がいたとしたら、俺の倫理観、道徳観などいっぺんに消え去ってしまうことだろう。
 動物としての原始的な欲求ってのは本当にすごいものだ。
 その中でも性欲ってのが一番じゃないかと思う。
 そもそも性欲ってのは、自分の種を絶やさないっていう生き物の根源的なところにある欲望だから、ちょっとやそっとの倫理観ではこの欲望に勝てはしない。
 まあ、現実の俺にとってこの欲望は、種の保存だとかの崇高なことではないのだが……。

 しかし例の大学教授の欲望もすごいもんだ。
 俺はあのニュースを知って大笑いして、その後いろんなことを考えたが、みなさんはいかがだろうか?
 たかが、女子高生のパンツ一枚で社会的成功・社会的身分を捨て去るというのだから。
 思うに社会的成功を得ている人間は、ほぼ性欲が強い。
 だからこそ愛人騒動だとか妾だとかのスキャンダルも多いわけだ。
 というよりも性欲に限らず、立身出世欲、独占欲、向上心などすべての欲望が強いからこそ成功を収めたと考えてもいいのだろう。

 前置きはこのへんにしておこう。
 そうこれは官能小説である。
 繰り返して警告しておくが、ここまで読み進めてしまった未成年諸君はどうかこれ以上読むのをやめてほしい。
 ここから先は過激な描写が頻繁に出てくるからだ。


 俺は人並み、あるいは人並み以上に性欲が強いほうだと思う。
 しかし、その人並みって基準は曖昧なものだから、あくまでも俺自身の尺度にすぎない。
 もちろん俺は婦女暴行だとか痴漢だとかはやらないといった倫理観を持っている。
 でもこうやって満員電車の中で、女が俺の体に密着しているとその倫理観もあっさりと崩れ落ちていく。
 
 今日は職場で安酒を飲んでいた。
 適度のアルコールっていうのはどうやら性欲を高めるようだ。
 いつもなら帰りの満員電車は苦痛以外のなにものでもないが、今日だけは違った。
 
 電車の揺れにあわせて、俺の前にいる女の体が微妙に動き、その柔らかさや、女性特有のくびれやら出っ張りを感じていた。
 年の頃は、30前後だろうか。
 タイトなスーツに、スリットの入ったスカートを履いていた。
 長くてきれいな髪の毛からは新緑の薫りが漂っている。
 
 もちろん、ここで俺が彼女の体をまさぐったり、あるいは、スカートの中に手を入れたりしたら、一生痴漢の汚名を背負って生きていかなければならない。
 しかし、それでもいいから彼女の柔らかい体、形の良い胸を触りたい気持ちが強くなってきた。
 俺の顔を上目遣いに見る彼女は、「どうぞ、わたしの胸を触ってください。形が良いうえに柔らかいのよ」と訴えているように感じる。
 
 もう、だめだ。俺の社会的身分なんて、どうせたいしたことはない。
 目の前にあるこの快楽に飛びつかないなんてことはできない。

 俺は、左手に持っていた新聞紙を利用して、右手を彼女の胸に近づけた。
 その時、がらがら声の車内アナウンスが俺が降りるべき駅名を告げた。
 
 あまりにも早い、早すぎる…いつもは長いと感じる電車通勤なのだが、今日はその時間感覚が狂うほど彼女に熱中していたのだ。

(前編了 つづく)
 
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※ 蛇足 欲望だとか女性に関する描写はあくまでも私の妄想によって生まれたものです。あくまでも作り話として読んでいただければ幸いです。
 
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一歩先のあなた

2007/05/25(金) 22:57:18

 あのひとの大きな肩にすがりついて自転車の後ろに乗るのが好きでした。
 すがりつく……という言葉は適当ではないかもしれません。
 でも、そうでもしないとあのひとは、わたしから遠ざかってしまって、どこかに消えてしまうような気がしていました。
 
 上り坂であのひとの息が弾んでくるのをわたしは体で感じ取っていました。
 下り坂であのひとは、わずかにわたしの顔を見て、「どうだい。爽快だろう」と話しかけます。

 あのひとは、いつでも「一歩先」を行くような男性でした。
 判断も早いし、行動もてきぱきとしていました。
 そしておしゃべりをしていると、まるでわたしの気持ちを先読みしてくれているかのように、心地よい言葉をわたしにかけてくれます。
 それは、まるであのひとだけ特別な時間、そう、わたしよりも「一歩先」の時間の中にいるかのようでした。

 ただ、わたしにはどうしても不満に思うことがありました。
 あのひとは、わたしの目の前にちゃんといるのに、なにか抜け殻のように感じてしまうのです。
 うまく表現できないけれど、あのひととわたしの間には隔たりがあるようなのです。

 もちろんわたしとあのひとは腕を組んで仲良くお散歩もしますし、口づけをしたこともあります。
 そしてそんな時のあのひとは、とても優しく暖かくてわたしは幸せで一杯になります。
 
 でもわたしが腕を組んでいるあのひとは、本当のあのひとではなくて……わたしが口づけをしているあのひとは、本当のあのひとではないような気がしてならないのです。

 本当のあのひとは、わたしの大好きなあのひとは、わたしがあのひとを感じている瞬間よりも、すこしだけ先にいるような気がするのです。
 つまりわたしより未来にいるのだと感じています。

 あのひとのいる未来は、わたしの時間よりもわずかに先だったり、時には何日、何ヶ月も先のように思えることもあります。

 いつも一緒にいて、愉しい時間を過ごしていてもわたしたちはすれちがっているような気がします。

 わたしは、ある日、思い切ってそのことをあのひとに話してみました。

……本当のあなたはどこにいるの。本当のあなたに会ってみたいの。だって……

 あのひとは、わたしの言葉を先読みしたのでしょうか。
 わたしが話し終える前に、こう言いました。

……僕はいつでも君の前にいるよ。君はのんびりやさんだからそう感じるのかもしれないね。さあもうこんな時間だ。自転車で送っていくよ。

 あのひとの大きな肩にすがりついて自転車の後ろに乗るのが好きでした。
 すがりつく……という言葉は適当ではないかもしれません。
 でも、そうでもしないとあのひとは、わたしから遠ざかってしまって、どこかに消えてしまうような気がしていました。

 上り坂であのひとの息が弾んでくるのをわたしは体で感じ取っていました。
 この坂を登り切り、坂道を下ればわたしの家です。
 下り坂であのひとは、わずかにわたしの顔を見て、「どうだい。爽快だろう」と話しかけます。
 そして今度は前を向いて、なにかつぶやきました。
 ……いけない。君はここに残らなければ……

 そう言うと、あのひとは突然自転車を停めて、わたしを降ろしました。
 気のせいかもしれませんけど、あのひとの目が潤んでいるように見えました。
 ……やっと君と一緒になれる時が来たようだね。どうだい僕を感じることができるかい。本当の僕を……。

 あのひとを初めて感じた時でした。本当のあのひとを……。
 その時、わたしとあのひとは確かに同じ場所、そして同じ時間にいました。
 あのひとは自転車に乗ったまま、わたしの肩を引き寄せ口づけしてくれました。
 わたしはあのひとをくちびるで、体で感じていました。
 本当のあのひとの優しさと暖かさを感じることができました。

 わたしが目を閉じていると、あのひとはひとりで坂を下りていってしまいました。
 
 ずっと先にある交差点には、大型トレーラーの下敷きになってつぶされた自転車がありました。
 でも人の姿はありませんでした。
 大型トレーラーの運転手はあまりの不思議なことに道路に立ちすくんでいます。
 後からやってきた警察官も、いくら探してもつぶれた自転車しか発見できませんでした。

 でもわたしにはわかっていました。
 あのひとがわたしの「一歩先」を行って、わたしの命を救ってくれたことが。
 
 あのひとは決して死んでなんかいないと思います。
 たぶん、もっともっと先の未来に旅立っただけなのです。
 きっといつかわたしのところに戻ってきてくれるはずです。

 あのひとには一歩先を行かれてしまいましたけど、今度会うときは一緒に並んで歩けるように、わたしはのんびりとする癖を直さなければいけません。
 そうすればあのひとは、またこの坂に現れてわたしを自転車に乗せてくれるはずです。
 その時は、あのひとにすがりついてずっと同じ時の中で生きていこうと思っています。  
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国道16号線男~Never Ending Journey1

2007/03/23(金) 23:45:29

 見知らぬ風景・見知らぬ人々との出会い・いつもとは違う空気・現実から離れた開放感……俺の貧弱な語彙で旅の愉しさを列挙すればこんなところだろう。

 俺は旅が大好きだ。
 しかし旅が嫌いであるともいえる。

 なぜかというと、旅っていうのは、いつか終わってしまうからだ。
 2泊3日、あるいは1ヶ月の長旅……期間の長短はあるが、いつかは旅を終え、また出発地点……つまり現実の生活に戻されてしまう。
 そしてその旅が愉しければ愉しいほど、現実の生活のつまらなさを痛感してしまう。
 それなら旅に出なければいいだろうという意見もあるが、逆に言うと旅があるからこそ辛く無味乾燥な現実生活に耐えられるのだろう。

 そんなことを考えながら俺は車を走らせていた。
 まもなく神奈川県から帝都東京に入ろうとするところだ。
 片側4車線、大型トラックがディーゼルの黒い煙をマフラーからはき出している。
 ここは国道16号線。
 東京・神奈川・千葉をぐるっと一周する環状線である。
 その距離は約200キロメートル。
 場所によっては、慢性的な渋滞で有名な産業道路である。



 終わりのない旅……俺はふと名案が浮かんだ。
 
 そうだこの国道16号線を回り続ければ、俺の旅には終わりがないのではないか?
 道路沿いには、あらゆる店がそろっている。
 
 食べ物には困らないだろう。
 ハンバーグだろうが牛丼だろうが寿司だろうがラーメンだろうが何でもそろっている。

 寝場所だって困らないだろう。
 ビジネスホテルもあるし、ラブホテルだってある。
 以前ひとりでラブホテルに泊まったことがあるが、なかなかそれは不思議な気持ちだった。

 衣料品店、おもちゃ屋、CDショップ、書店、ブックオフなんでもある。
 俺の好きな本は、立ち読みをすれば事足りるだろうし、CDショップでは延々と試聴していれば金もかからない。
 それになまった身体は、スポーツジムにでも行けばいい。
 
 また最近は、大型ペットショップなんかもあって、可愛い犬なんかも見物できる。
 それとよく観察すると、10キロおきに葬儀屋なんかもあるので、いつ死んでもいいように予約でもいれとけばいいだろう。

 そんな訳で、俺は国道16号線で終わりのない旅を始めることにした。
 間違っても、この16号線から離れてはいけない。
 離れてしまえば俺の旅が終わってしまう。
 つまりもう二度と現実には戻らずに、国道16号線の環の中で永遠の旅を続けることに決めたのだ。

 こんな良いアイデアになぜ気づかなかったのだろう。
 俺の身近に「終わりのない旅」があったのだ。
 
 しかしこの国道16号線での終わりのない旅にも終わりがあることを俺は知っていた。
 もちろんそれは俺が死ぬ時にやってくる。
 そしてなるべくその時が早くやってくることを俺は願っていた。
 できれば国道16号線で死にたかった。
 そうすれば、俺は本当の「国道16号線男だった」と誰かに言ってもらえるかもしれない。

 とにかく俺の終わりのない旅は始まったばかりだ。
 二度と現実が迫ってこないように、間違っても国道16号線を外れるようなことがあってはならない。
 外回り、内回り、グルグルグルグル。

 もしかしたらこんなことを考えている俺は既に死んでいるのかもしれなかった。
 しかし国道16号の4車線は、俺の目の前にあって消えることはなかった。
 その大きな包容力に身を委ねている俺はすっかり満足していた。
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初恋 1

2006/12/21(木) 23:01:17

 考えてみれば、この歳になるまで真剣な恋愛をしたことがなかった。
 もちろん好意を持った女性はいる。
 しかし、好意が愛情へと育つことはけっしてなかった。
 誤解しないでもらいたいが、俺はゲイではない。
 さらに念のため言っておくが、人並みの性欲も持ち合わせている。
 まあ、なにをもって人並みといえるのか定かではないが……。

 だから、いまだに「初恋」というものを経験していない。
 友人に初恋のことを訪ねたりすると、決まってうっとりとした表情になり、「ああ、それはねえ。小学6年生の時だったよ。俺は学級委員をしていてねえ……彼女は書記をしていたんだよ。頭が良くてかわいい娘でさあ……」

 まあ、語る語る。黙って聞いているといつまでも語り明かしやがる。
 他人の初恋話ってのは苦手だ。

 世の中には、絵が描けないだとか、楽器が弾けない、自転車に乗れないって人はたくさんいると思う。
 俺の場合は、「恋することができない」って輩だが、そんなヤツは他にいるんだろうか?
 
 職場の同僚も既にあらかた結婚しちまっているし、最近は何年も後輩のヤツから結婚式の招待状が届きやがる。
 それにもまして、油断していると、「私たち結婚しました」なーんて、腕を組んで満面笑顔のハガキが届いたりする。
 もう勝手にしやがれって感じだ。
 こんなことでいらいらするのは、おそらく俺にも恋愛や結婚に憧れている部分があるのだろう。
 
 そんな訳で、今の俺はせっかくの休みだっていうのに後輩の結婚式に参列している。
 こいつは、2年前に俺の部署に配属となったヤツだ。
 一流大学を出て、しかもなかなか外見も良いやろうだから、女子社員にも人気がある。
 細身の身体からは考えられないほど仕事に打ち込むし、俺の指示もよく聞いてくれる。
 今風に言えば、なかなかの「ナイスガイ」だ。
 あっ、これはもう古いのかな?

 結婚式場は、都心とは思えないほど緑豊かな庭園をもった一流の場所だ。
 聞くところによると、総額500万円以上かかるらしい。
 500万円あれば、俺に預けたほうがよっぽどいいだろう。
 俺の得意な株式投資であっという間に2倍にしてやるのに。
 まあ、あっという間に半分になる可能性の方が高いが……。
 
 俺は、この後輩に頼まれ職場代表ということでスピーチをしなければならない。
 なにが悲しくて、ひとの結婚式でお世辞だらけのスピーチをやらなければいけないのだろうか。
 いっそ、テントウムシのサンバでも歌ってやろうかとも思ったが、それは後輩が涙ぐみながらやめてくれと言ったのであきらめた。
 俺は、あたりさわりのないユーモアを交えたスピーチを考えてきた。
 まあ俺ほどの文才家が考えたのだから、笑いをとった後にホロリとくる名スピーチとなるのは間違いないだろう。

 さてと……開演1時間前からここに来ているのでいい加減待ちくたびれた。
 俺は丸テーブルに座って今日の宴のメニュー表を何度も繰り返し読んでいた。
 まったく、結婚式ってのは面倒くさいもんだ。
 今日は俺の可愛い後輩のため演技でも一生懸命に祝福してやらなければ。

 おっ、照明が落ちたぞ。
 なんて曲なのかよくわからないがきれいな女性コーラスが鳴り響いてきた。
 うーん、なかなかいい曲だな。
 何本かのスポットライトが会場入り口に集まり、いよいよ新郎新婦のご登場だ。
 演出とはいえ、毎回ゾクゾクとする瞬間だ。

 扉が開き、新郎新婦が入場してきた。
 司会者が、大げさな言葉で盛り上げる。

 あはは、なんだあの野郎、すっかり緊張してまるでロボット、そうホンダのアシモみたいな歩き方してやがるよ。
 それにしても馬子にも衣装ってよく言ったもんだ。
 なかなか凛々しく見える。

 新婦の方は、きれいなウエディングドレスに身を包み、恥ずかしそうに俯いている。
 俺は、後輩のお相手と会ったこともなければ、写真を見たこともない。
 ただ、スポーツクラブで知り合ったOLとだけ聞いている。
 でもなかなか背が高くてスタイルの良い女性だ。

 俺の席の前にふたりがやってきた。
 さすがに後輩も、徐々に普通の歩き方になってきたようだ。

 俺は、素直に嬉しくなり思いきり拍手をした。
 
 新郎が俺の方を見て、微笑んだ。
 俺は、調子に乗って、何語だかわからないが適当に「ブラボー、ハラショー」などと大声をあげた。

 今度は、新婦が俺の方を見てニコリと微笑んだ。

 その時だった。
 俺は生まれて初めての経験をしていた。
 つまり、女性に恋をしていたのだ。
 
 それは俺の人生で初めての一目惚れであり、初めての恋、つまり「初恋」だった。

 その相手は、俺の後輩の結婚相手で、そして初恋の場所は結婚披露宴だったのだ。
 
 (初恋1了 つづく)
 
 
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プラネタリウム

2006/12/10(日) 16:28:18



 小さな街には珍しく立派な建物だった。
 球体の屋根に、枯れ葉が舞い落ちては滑り落ち、それがこの建物の前にいる俺の足下までやってくる。 
 
 ……プラネタリウムか。
 
 出張でやってきた北の街は、既に秋の気配はなく、長い冬の始まりを迎える準備をしていた。
 吐く息が白かった。
 1泊2日の出張だったが、できればこの街にずっと留まり、そしてこの街に埋もれるようにひっそりと生きていきたかった。
 別にこの何の変哲もない街を気に入ったからではなく、ただ東京という場所から逃避したいだけだということは自分自身よく分かっていた。
 いや、本当は、東京で出会い、そして俺と東京を捨てて旅立っていった恋人との想い出から逃げ出したかったのだ。
 彼女が俺を嫌になったのか、それとも東京が嫌になったのか、いまでもそれは分からない。
 とにかく、彼女は俺の前から消えてしまい、その後、何の連絡もない。
 もう1年前のことになるが、いまだに俺の心の中にできた穴を埋めることはできないでいる。

 プラネタリウムの入場料は、500円だった。
 腕時計を見ると、まだ帰りの電車まで時間がある。
 学生のころ……といっても遙か昔のことになってしまったが、俺は天体観測クラブに入っていた。
 別に星が好きだったわけではなく、月に1回、公然と徹夜で友人と一緒にいられるのが楽しみだった。
 彼女との出会いは、この天体観測クラブだった。
 そう、幼なじみだったのだ。
 今日と同じように寒い日に、彼女と焚き火を囲んで夜食をとった記憶が突然脳裏に浮かんだ。
 
 おそらく地元の中学生だろうか、広いプラネタリウムの中で10数人ほどがひとかたまりになって陣取っていた。
 俺は、その集団から少し離れたところに座った。
 椅子の背もたれに体を預け、まだなにも写されていない丸いスクリーンを眺め、しばらくして目を閉じた。
 中学生の集団が、なにやら楽しそうにおしゃべりしているのが聞こえてくる。
そのざわめきを聞いているうちに、俺は光を落としたプラネタリウムの中でウトウトしてしまったようだ。

 眼を開けると、目の前には無数の星が煌めきながら動いていた。
 白鳥座と射手座の姿がズームアウトして、いわゆる天の川の姿を映し出していた。
 少しは天体の知識がある俺には、解説なしでも星座名くらいは分かっていた。
 解説しているのは、プラネタリウムでは珍しく女性だった。
 スピーカーから聞こえてくるその声が心地よかった。

中国の伝説に、天の川を隔てて輝く、わし座の1等星アルタイル彦星、そしてこと座の1等星ベガ織姫が一年に一度だけ逢うことを許されるという素敵なお話があります。
皆さんは知っていますか?


 中学生の何人かが、知っていますと答えた。

 でもふたりが逢えるのは七夕、つまり1年のうちで7月7日だけなんですよ。
 もう七夕は過ぎてしまいましたね。
 でも今年は天気が良かったから、ちゃんと逢えたと思いますよ。
  
 なかなか上手い解説だ。
 俺もまだ純粋な心を持っていた子供のころは、こういったことを聞いて夢をふくらませたものだった。

 流星群の姿や日食の様子、彗星の接近、さまざまな宇宙の壮大な姿が次々に投影機によってドーム型の天井に映し出された。
 その姿を見ているうちにどうやら俺は、またウトウトしてしまったようだ。

 眼を開けると、すでに上映は終わっていて、プラネタリウムの中にはどうやら俺ひとりが取り残されてしまったようだ。
 早くここから出なければ……。
 すると、天井には、またさっきの天の川の様子が映し出された。
 投影機のテストなのだろうか?
 
 俺の隣には、誰かが座っていた。
 暗くて姿は見えないが女のようだった。

 その女は、天井に映し出される天の川を見上げながら言った。

天の川を隔てて輝く、わし座の1等星アルタイル彦星、そしてこと座の1等星ベガ織姫が一年に一度だけ逢うことを許されるという素敵なお話があります。
このお話と同じように私が、あなたのもとから離れて1年経ってしまいました。
でも、今年の彦星と織姫と同じように私たちも再会することができたのですね。
 
私はあなたに逢いたくて仕方がなかったのよ。

 間違いがなく彼女だった。
 そしてさっきまで解説していた声も彼女のものだったのだ。
 
 どうやら季節はずれの七夕がやってきたようだ。
 彦星だなんて柄でもないが、とにかく彼女と逢えたことだけは間違いない。
 俺は、隣に座る織姫の手をそっと握った。
 すると彼女は俺の手をきつく握り返してきた。

(了)
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火星人との対話(ハードSF)

2006/11/06(月) 22:22:02

「おい俺って本当は火星人なんだよ」
「えーなに言ってんのよ。バカじゃないの。そんなこと言うんだったらあたしは土星人よ」
「バカ、お前冗談だと思っているだろう。俺は正真正銘の火星人なんだってば」
「もう本当にいつまでたってもバカ丸出しなのね。あなたのどこが火星人なのよ。どこからみても人生に疲れ切った中年オヤジじゃないの」
「あっお前、俺をバカにしたな。これは惑星間の大問題となるぞ。惑星大戦争になったらどうするんだ」
「あなた訳のわからないSF小説の読み過ぎなのよ。まったく。いつもいつもタイムスリップだのワープだのって騒いで、中年オタク!」
「あー言ったな。言ったな。俺のどこがオタクなんだ。火星じゃ俺は軍隊を率いる提督なんだぞ。俺を怒らせるとこの地球なんて、こっぱみじんとなってしまうんだからな」
「はいはい。あなたを怒らせても面白くもなんともないわ。家出してやるなんて言って飛び出しても、いつも2時間後には涙ぐみながら帰ってくるくせに」
「なんだと、あの2時間は火星に行って地球人の悪人ぶりを報告しているんだよ。火星ではお前が超悪人として大評判になっているぞ。おそらく火星軍はお前を一番最初に攻撃のターゲットにするだろう」
「へえ上等じゃない。煮るなり焼くなり自由にしてちょうだい」
「まあ俺は提督だから。軍に命令して命だけは助けてやろう。
なんたってお前はこの10年間俺の面倒をみてくれたんだからな」 
「でもあなた、火星人だったらなんのために地球で暮らしているのよ」
「うっ、まあ、あれだ。宇宙の平和を維持するために地球の偵察をしているところだ」
「なにが宇宙の平和よ。家庭の平和も維持できないくせして。
それにあなた機械音痴じゃない。インターネットの設定もできないし、それよりもあなたキーボードなんでひらがな打ちなのよ。今時そんな人いないわよ。あなたの後だと設定変えるの面倒なのよ」
「なんだと。ひらがな打ちこそ日本人の基本じゃないか。お前はローマ人でもないのに、なんでローマ字打ちなんだ」
「あらー、日本人の基本だなんて。あなた火星人でしょ」
「うーん。それは、日本人になりすますための偽装工作なのだ」
「はいはい。ところであなた、さっき火星に帰っているなんて言ったけどどうやって帰るのよ」
「自転車だ」
「あっはっはっは。なによあのママチャリでどうやって火星に行くのよ」
「あっ俺の自転車をバカにしたな。あれはジャスコで3万円もしたんだぞ」
「知ってるわよ。安いのでいいって言ったのにあなたは5段変速が欲しいなんて言ってね」
「いいじゃないか、俺はサイクリングが趣味なんだ。それにスピードだって頑張れば30キロは出るぞ。まあ瞬間的にだが」
「いいかしら。あなた火星までどのくらい距離があると思っているの。よくわからないけど何百万キロとか何千万キロじゃないの。瞬間的にしか出ない30キロでどうやって火星に行けるのよ」
「それは、つまり毎日の努力だ。ほら塵も積もれば山となると言うだろう」
「はいはい。それじゃその自転車で今夜のおかずを買ってきてよ。今日はジャスコでお肉が安売りしているのよ」
「まあ、いいだろう。そうそうポイントカードがあと5ポイントで2000円の買い物ができるんだ。それで自転車のライトを買っていいかな」
「もうしょうがないわね。火星までの道は暗いんでしょ。ライトも必要だわね。買っていいわよ」
「やったーありがとう。じゃあ途中ワープするから、30分もあれば帰ってこれるよ。いってきまーす」
「はいはい、気をつけてね。火星の提督さん」

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いやあ、大変失礼しました。(ちょっとスランプです;;)
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空中ブランコ乗りのキキ(創作続編)

キキは、穏やかな海の上をゆっくりと羽ばたいていました。
 潮の香りがする空気をふたつの翼で包みながら前に進みます。  四回宙返りを成功したときのお客さんの拍手がまだキキの耳に残っています。  三回宙返りを成功させたときよりも、大きく、賞賛と喜び、そして驚きがこもっている拍手でした。  キキは、そのことにとても満足していました。
キキは、自分が白鳥になってしまったことを受け入れることができました。  賞賛と拍手をもらい、そして、世界の誰にもできない四回宙返りができたのですから。
   キキは、ロープも網もない大空で宙返りをしてみました。  三回、四回、そしてそれ以上何回転でも、いとも簡単に宙返りができました。
 それはそうです。
 白鳥になってしまったキキにはふたつの翼があるからです。
 大空でいくらキキが上手に宙返りをしても、誰からも拍手をもらえません。  それが少しだけ残念に思いました。
   キキは、ある日の夜、こっそりとサーカスの大テントに戻ってしまいました。  もう2度と戻らないと決心していたのに、どうしてもピエロのロロや団長に会いたかったのです。
 キキは、開けっ放しだった大テントの窓からこっそりと中に入っていきました。  もう夜でしたから、出し物は終わっていて、大テントの中は暗くてガランとしていました。  2回ほど羽ばたいて、あの空中ブランコの踏み板までやってきました。
 キキは、もういちど四回宙返りをやってみることにしました。  自分の力を試したかったのかもしれません。  だから、ふたつの翼を使うつもりはありませんでした。  そして、あのおばあさんからもらった、澄んだ青い水の入った小瓶もありませんでした。
 キキは、くちばしを使ってブランコにつかまりました。  そして、あの時と同じように、大きくブランコを振って、真っ暗な天井の奥へ向かって飛び出していました。   キキは翼を伸ばしました。でも羽ばたきはしません。
  一回転します。
  また花が開くように翼が伸びて、抱き抱えるようにつぼんで…二回転。今度は水から跳び上がるお魚のように跳ねて…三回転。  しかし、三回転半したところで、次のブランコまでは届かないことに気づきました。
   ブランコの下には網も張っていません。  白鳥になったキキですから、羽ばたけば固い地面に落ちることはありません。  でも、キキは、けっして羽ばたこうとはしませんでした。  まるで猟銃で撃たれてしまった鳥のように頭から落ちていきます。
 キキは、同じようにブランコから落ちて亡くなってしまったお父さんのことを思っていました。
   …お父さん、わたしはもうすぐ、そっちに行くから、待っていてね。
 そのときでした。  落ちていくキキの体を誰かがつかみました。  つかんだのは、キキと同じような白鳥でしたが、ずいぶんと年をとっているようです。  キキは、その白鳥のクチバシで体を優しくくわえられて、ふわりと着地することができました。
 …ありがとう。お父さん。
 キキには分かっていました。  あの年老いた白鳥がキキのお父さんだったことを。
 キキの足下には、一本の真っ白い羽が落ちていました。  キキは、その羽を拾いあげました。  それは年老いた白鳥の羽でした。
 不思議なことに、キキの体からは羽がなくなっています。  そう、すっかり人間の体に戻っていたのです。
 近くから大きな拍手が聞こえてきます。そして、ライトが一斉について大テントの中はとても明るくなりました。   ピエロのロロと、団長がキキの近くにいて笑顔で拍手をしています。  そしてふたりは、泣き笑いをしながらキキを抱きしめました。
 キキの目からも涙があふれてきました。   涙をぬぐいキキが入ってきた大テントの窓を見上げると、年老いた白鳥が、じっとキキの方を見ていました。
   その白鳥は、キキを力づけるかのように大きな鳴き声をあげると海の方へと飛んでいきました。  それいらい、誰もその年老いた白鳥を見ることがありませんでした。
 キキは、サーカスのブランコ乗りに戻りましたが、やはり三回宙返りがせいいっぱいで四回宙返りは、どうしてもできませんでした。
   でも、町の人々は、まるで翼が生えたようにいっそう華麗になったキキの演技に満足して、その姿をうっとりとして見ています。  注意深くキキの姿を見ると、白い羽の髪飾りを付けています。
 キキは、この町に、そしてこの大テントに戻ってきたのです。  
 空中ブランコ乗りのキキが戻ってきたことで、人々のどよめきが、潮鳴りのように町中を揺るがして、その古い港町をふたたび活気づけました。  人々はみんな思わず涙を流しながら、辺りにいる人々と、肩をたたき合い大きくて、賞賛と喜び、そして驚きがこもっている拍手が鳴りやむことはありませんでした。

あたしの風

あの男性(ひと)がやってきたのは2学期の途中、そうです、そろそろ秋の気配を感じる風が吹き始めるころでした。   教室の大きな窓から吹き込んできた風のようにあのひとはやってきました。
 転校生でした。
本当に冷たい風のようなひとでした。  でも、あたしには、その風がとても心地よかったのです。   お風呂に入った後、お散歩に出かけた時に感じる風のように。  クラブ活動を終えた帰り道に、あの丘の上で感じる風のように。  遠足で行った高原で、あたしの頬を一瞬なでる風のように。  あのひとは、遠く遠くから風と一緒にやってきました。  この田舎町よりも、ちょっと都会だったようです。  クラスメイトも、そしてあたしも、その風が教室内で吹くことにためらいがありました。
 だって、  その風は、香りが違ったからです。
 その風は、ぬくもりがなくて冷たかったからです。
 その風は、少し湿っていたからです。
 でも、
 あたしは、その風に優しさを感じていました。
 あたしは、その風に抱かれてみたいと思っていました。
 あたしは、その風を思い切り吸い込んであたしの中に入れてみたいと思っていました。
いつもは優しいあたしのクラスメイトも、その風が教室に流れ込むことを許しませんでした。
   なぜでしょうか。
やはり、
 その風は、香りが違ったからです。
 その風は、ぬくもりがなくて冷たかったからです。
 その風は、少し湿っていたからです。
 あのひとが連れてきた風は、そのうち、すっかり弱々しい風になってしまいました。
 もう風ではなくて、教室にある普通の空気に混ざってしまい、あの香りはなくなってしまいました。  クラスメイトも、馴染めなかった新しい風が吹かなくなって安心しているようでした。
    3年生になっても、あたしはあのひとと同じクラスになれました。  もう、あのひとには、あたしの好きな風を感じることができません。
そして、その日は、突然やってきました。  やっぱり、2学期の途中、そろそろ秋の気配を感じる風が吹き始めるころでした。   朝のホームルームの時間に、あのひとは教室の前に立って、みんなに別れの挨拶をしていました。  あのひとは、やってきた時とくらべると全然元気がなくて、まるで空気が抜けた風船のようにしぼんでしまったように感じました。  通り一遍のあいさつが終わりました。  その時、あたしは、あの心地よい風を肌に感じていました。  だから、あたしは立ち上がって、開けっ放しだった教室の大きな窓を急いで閉めました。
   この風は、絶対にこの教室から出したくありませんでした。
 だって、  あたしは、その風に優しさを感じていました。
 あたしは、その風に抱かれてみたいと思っていました。
 あたしは、その風を思い切り吸い込んであたしの中に入れてみたいと思っていました。
 あのひとは、そんなあたしの姿をちらっと見ると、大きなスポーツバッグを持って、ほとんど無表情で教室から出て行ってしまいました。
 あたしのことを、クラスメートが不思議そうに見ていましたけど、そんなことはかまいませんでした。  徐々に、あのひとの風が教室から消えていってしまいました。
 なぜだか説明はできないけれど、あたしは教室から出て、あのひとの後を追いかけました。  あのひとの姿はみえなくても、あのひとの後には、あの素敵な香りが残っていました。
 あのひとは、あの丘の上に立っていました。  そこには、強い風が吹いていて、あたしは今にも吹き飛ばされてしまいそうでした。   やっと、あのひとのそばにたどり着きました。  あのひとは、あたしに向かって言いました。  でも風が強くて、とぎれとぎれにしか聞こえてきません。
「ぼくの… 風はきみに… でも… ここから離れても… いつか…きみと… この風に気づいたら… いいかい?」
 あたしは、
「もちろんよ。あたしをあなたの風で包んでちょうだい。そして、一緒に連れていって。」
 こう言って、目を閉じました。  すると、風があたしの体をすっぽりと包んでいることに気がつきました。
 その時、
 あたしは、その風に優しさを感じていました。
 あたしは、その風にもっと長く抱かれてみたいと思っていました。
 あたしは、その風を思い切り吸い込んであたしの中に入れてみました。
 風がだんだん弱くなって、心地よい香りだけがあたしのそばに残っていました。  目を開いて見ると、あのひとはいなくて、丘の下、遠くの方で土埃が舞っているのが見えました。  それ以来、あのひとと連絡はとれていないし、どこにいるのかも分からなくなってしまいました。
 でも、あたしは時々、あの丘で風が吹くのを待っています。
 あのひとは、絶対にあたしを迎えに来てくれるはず。
 その時には、優しい風に抱かれて、そしてその風を思い切り吸い込んであたしの中に入れてみようと思っています。  あのひとは、それを許してくれるはずです。
   優しい風であたしを包んで、あなたの住む街に連れていって…。 

My Emotional Supports

好きな作品を集めてきました。

マイク・オールドフィールド初期の傑作
まだ見ぬ風景を見たい方へ
Incantations
Incantations

こんなコンサートはマイクにしかできません
まさしく尋常ではない盛り上がり
アート・イン・ヘヴン・コンサート ザ・ミレニアム・ベル-ライヴ・イン・ベルリン
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レムといえばこの作品
その世界に身を委ねてください
ソラリス
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筒井作品としてはマニア度が問われるものです
筒井上級者?に薦めます
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筒井康隆 七瀬シリーズ3部作
こちらはどなたでも楽しめます 1作読むごとに感動が増していきます 人間心理・家族心理への深い洞察
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アンドロイドは電気羊の夢を見るか?
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人生で必要なことはすべてここに書いています
毎日1ページでも読みたい本
7つの習慣―成功には原則があった!
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シベリウスのシンフォニー全集 第1番から第7番までのボックスセットです
母国のオーケストラによる演奏はシベリウスへの愛情が感じられます
Sibelius: Complete Symphonies; Violin Concerto; Finlandia
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