秋のドッペルゲンガー

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新宿駅西口地下通路

2007/06/13(水) 11:49:42

 俺は、毎朝この新宿駅西口通路を通り電車を乗り換え通勤している。
 広さは、400メートルトラックがある陸上競技場程度であろうか。
 この場所では大きな波がふたつできる。
 ひとつめは、私鉄駅からJR駅へ向かう人たちがつくる波
 もうひとつは、逆にJRから私鉄駅に向かう人たちがつくる波
 
 この大きな波を構成するのは、一様に不機嫌な表情をしたサラリーマンやOLだ。
 もし、この波を俯瞰することができれば、それは、さながらNHK大河ドラマにある合戦シーンのようだろう。
 もちろんふたつの波は、それぞれ敵同士ではないが、まるっきり正反対の動きをする行く手をじゃまする存在であることは間違いがない。

 俺は、学生時代ラグビーで鍛えたフットワークで、向かってくる人の波を身軽によけて乗換駅に向かう。
 その姿は、合戦にたとえればおそらく切り込み隊長のようだろう。
 現に、俺の華麗なフットワークにあやかって、俺の後ろを付いてくる要領のいい奴らもいるほどだ。
 
 人の波をすり抜けるコツは、向かってくる奴の目を見ることだ。
 人間は、まず視線を動かしてから体を移動するものだ。
 その動きはごくわずかなものだが、俺はそれを見逃すことがない。
 視線が読めない場合は、体の重心移動を読みとることにしている。
 わずかに右、あるいはわずかに左と、重心が移った方に人間は進路を変える。
 俺は、毎朝、この新宿駅西口通路で、こういったことを読みとっているから、向かってくる人間とはぶつかったことはなく、誰よりも早く乗換駅に到着することができる。
 まさしく新宿駅西口通路を制した王者・キングオブウエストゲートといえるのではないだろうか。

 そんな俺でも動きが読めない人間がいる。
 それは、メールを打ちながら、あるいは電話をしながら歩いてくる奴らだ。
 経験上、なぜかこういったことをしているのは女が多い。
 男の場合は、たいてい立ち止まってやっている。
 そういった意味では、女の方が一度に複数のことをやる能力が優れているのかもしれない。

 俺にとってそんな女はやっかいな存在だ。
 まず、そんな女は人の波の中でのスピードが違うし、予想に反するような動きをする。
 さっき話した視線を読むことも、重心移動を読むことも不可能に近い。
 
 そんな女が俺の方に向かってきた。
 距離は10メートルほどあるだろうか。
 紺のビジネススーツに白のブラウスの襟をのぞかせた出で立ちで髪の長い女だ。
 女は携帯電話の画面を見つめて、しかもハイヒールであるにもかかわらず器用に人の波に乗って歩いている。
 俺がこのまま真っ直ぐ歩いたとしたら、この女にぶつかってしまうことだろう。
 既に女との距離は3メートル足らずになった。
 女は、あいかわらず携帯電話を見つめている。
 俺は、自分の進路を約5度ほど右へ変えた。
 すると何を思ったのか、女は進路を俺とほぼ同じ角度で左へ変えやがった。
 キングオブウエストゲートを誇る俺がこんなメール女に進路をじゃまされてたまるか。
 俺は、右へ変えた進路を今度は約10度左へ変えた。
 通常、これだけ角度を変換すれば対向する者との接触は回避されるはずだ。

 しかし、信じられないことにこのメール女はまた俺とほぼ同じ角度で進路を右へ変えやがった。
 もう女との距離はない。
 残念なことに、俺は立ち止まってしまった。
 新宿西口通路で初めてのことだった。

 俺とメール女は、動き続けるふたつの人の波の中で、唯一動くことがない漂流物のような存在となってしまった。

 俺は、頭ひとつ低い女を見下ろして怒鳴った。
「おい、こんなところでメールなんか打ってるからだぞ」

 女は、一瞬戸惑いの表情を見せたが、
「すみませんでした。職場に急ぎで連絡しなければいけなかったものですから」
と素直に謝った。
 そう言った女の顔をよくよく見ると美人であることに気づいた。
 かすかに石けんの香りが漂ってくる。

 今時、こうやって素直に謝ることができる女は珍しい。
 最近は、ちょっとしたことでキレル女ばかりが多くなっている。
 いや、これは偏見だろう、もちろんキレルのは女だけではない。

 まあそんなことはどうでもいい。
 この場で立ち止まってしまったが、それはほんのわずかな時間だ。
 また、颯爽と人の波をくぐり抜けていけば挽回できるだろう。
 俺は、
「いいえ、こんな場所では人とぶつかって思わぬ事故となってしまうことがありますから、お互いに気を付けましょうね」
 などと、まるで小学校の先生のような口ぶりで言った。
 女は俺を見上げて、うなずきながらわずかに微笑んだ。

 さて、先を急がなければ。
 俺は、立ち止まっている女の右側を抜けて進もうとした。
 すると女が、左に移動して俺の進路を塞いだ。
 いや塞いだのではなく、お互いに同じ方向に進もうとしたのだ。

 俺は苦笑いをして、また進路を変えようとした。
 すると女もまた同じ方向に動いた。
 
 さすがにイライラしてきた。
 俺は、もう進路を変えることはあきらめそのまま真っ直ぐに進むことにした。
 つまり突進して進路を確保することにしたのだ。
 あろうことか、この女も同じことを考えたらしい。
 俺たちは真っ正面から激突して、恥ずかしいことに新宿駅西口通路で俺が女に覆い被さるように倒れてしまった。

 倒れる瞬間に俺は女の体が通路にぶつからないようにかばってあげたので幸い怪我することはなかった。
 俺たちの周りには、人だかりができ、物珍しそうに朝の見せ物を観察していた。

 俺の下に倒れている女は、俺の目をじっと見つめると小さな声で、
「ありがとう」
と言った。

 俺は彼女の両手を取り、起こしてあげた。
 驚いたことに起きあがった女は、俺の体に手を回して抱きしめてきた。
 もちろん俺も、女を強く抱きしめてやった。

 すると俺たちの周りにいた奴らから拍手が起こった。
 どうやら俺たちを祝福してくれているらしい。
 その拍手の音は新宿駅西口通路全体に響き渡るほど大きなものになった。

 しばらくすると、拍手もやみ、そしてまたふたつの波はそれぞれが目指す方向へ流れ始めた。

 しかし俺と女だけは、あいかわらずその大きな波の中で動くことを忘れた漂流物のようにその場にとどまり抱き合っていた。

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コメント

さいこ~です。

すばらしいの一言です。
URL|だみあん #fRjoE41.|2006/10/31(火) 23:19 [ 編集 ]
ふふふー(=^^=)
なるほど気持ち分かるなぁ。波を乗り越え、いかに自分の進みたい方向にできる限りまっすぐ進むか!
挑戦したくなるのも分かります。らんららも、人並みはさくさく歩くほうです。
で、人並みをくぐることに夢中になって、たまに、は!と気付くと、目的を通り過ぎていたり。(何をしているんだか…)
でも今は、静岡の田舎です。こんな人並みはめったに出会わない。二日に東京、遊びに行く予定なので、人並みに挑戦してきます!うし!がんばるぞ!(?)
あれ?
話が脱線しました。見事に。
感想です。

もう本当に、ドッピーさんの雑記だと思っちゃった。そのうち、おや、女性の動きが予想外に…?
おや?これは?
と。
人並みの勢いと同じように、状況とタイミングに流されて!
もう、最後の皆の祝福!感じのいいきれいな女性!最高にカッコイイ俺!
笑えます!
って、本当に、この主人公、ドッピーさんの実態(?)なんでは?
URL|らんらら #-|2006/10/31(火) 23:28 [ 編集 ]
酔っぱらいドッピーより
  うう、けっこう気持ち悪いです、げー;;
  ・・・と失礼いたしました。今日は午後出勤で、しかも痛飲してしまいました。なにかどこまでも墜ちていくような気がします;;
 そんな私にとても嬉し8位コメントありがとうございます。
>だみあん氏
サイコですかい?これは通勤電車で第9を歌うのと、レムの捜査って本のエピソードから生まれた話です。とことん不条理であって、しかも恋愛小説を書きたいといった気持ちで生まれました。
>らんらら嬢
普段、通勤をしていると、こんなつまらない状況をなんとかしたいって思います。
それと、私は、対向してくる人となぜか作中のように同じ方向に避けてしまうんですよ。そんなところからこの小説をかいたみました。そうそう、自分を投影して書くことがやはり一番多いみたいです。できれば自分をふっきったようなものを書きたいんですけども。 
URL|ドッペル #-|2006/10/31(火) 23:53 [ 編集 ]
キングオブウエストゲート
面白いです。
映画化コマーシャルみたいな読むと映像が浮かぶ
短編ですね。
URL|佐藤さえ #7bFqEO26|2006/11/01(水) 06:35 [ 編集 ]
お邪魔します
拝読させていただきました。
うわ、すっごくテンポのいい文章運びですね!
流れるような描写の連続、状況が手に取るように伝わってきて最後までぐいぐい読んでしまいました。
最後の展開も思わず「おおっ!?」と言わされましたし。
なかなかこうは書けないですよ~。
普段、プロ作家さんの作品を除くとファンタジー物ばかり読んでるんですけど、素直に面白かったです。
いいものを読ませていただきました。
うーん。創作意欲を刺激されました!
URL|浜月まお #7nflydWA|2006/11/01(水) 18:44 [ 編集 ]
感想ありがとうございます!
さえさん
おっと、さえさんもコミュ参加してくれたんですね。ありがとうございます。「映像が浮かぶ」っていう感想はすごく嬉しいです。
過去作品では、映像・状況が見えてこないといったご指摘があったので、ちょっとは気をつけて書いていみたのです。

浜月まお様
まおさんもご参加ありがとうございます!
私は、2行以上の文章が書けないんですよ;;
だから短文のぶつ切り文章ばっかりです。
ですから、「流れるような描写の連続」ってコメント、とても嬉しいです。たぶん作品内容と、私の短文スタイルが合ったのかもしれないです。
まおさんのところでも書かせてもらいましたけど、語彙力って本当に大切なことですね。まおさんが、語彙について努力なさっているコメントも読みました。
見習わなければ!
URL|ドッペル #-|2006/11/01(水) 21:02 [ 編集 ]

こんばんは。
本当に、あったことだと思っちゃいました。
女性の方に文句を言うところまで。
もう、めっちゃリアリティな短編ですね。
新宿駅は何度いっても迷うので、人波にはのれません。
のったと思ったら、違う方向に行ってしまうか、余計迷うかですね。
最後まで一気に読んじゃいました。
URL|kazu osino #7av6LuR2|2006/11/01(水) 21:45 [ 編集 ]
kazuさん
 新宿駅西口の状況は、ほぼこのオハナシのとおりです。
 朝8時から10時くらいまでは、本当に合戦状態ですね。
 よくトラブルが起こらないものだと感心しています。一昔前はここで政治集会のようなものがあったそうです。
 それと、5年ほど前でしょうか?足の不自由なおばさんが住み着いていて、カシオトーンのようなキーボードを弾いていました。言葉は悪いのですが「浮浪者」でした。この女性はテレビなどで時々報道されていた有名な方のようでした。
残念ながら亡くなってしまったとのことです。
 西口の10年後ってどうなっているでしょうか?
 おそらくここを通る人が変わるだけでしょうね。
URL|ドッペル #-|2006/11/02(木) 21:55 [ 編集 ]
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空中ブランコ乗りのキキ(創作続編)

キキは、穏やかな海の上をゆっくりと羽ばたいていました。
 潮の香りがする空気をふたつの翼で包みながら前に進みます。  四回宙返りを成功したときのお客さんの拍手がまだキキの耳に残っています。  三回宙返りを成功させたときよりも、大きく、賞賛と喜び、そして驚きがこもっている拍手でした。  キキは、そのことにとても満足していました。
キキは、自分が白鳥になってしまったことを受け入れることができました。  賞賛と拍手をもらい、そして、世界の誰にもできない四回宙返りができたのですから。
   キキは、ロープも網もない大空で宙返りをしてみました。  三回、四回、そしてそれ以上何回転でも、いとも簡単に宙返りができました。
 それはそうです。
 白鳥になってしまったキキにはふたつの翼があるからです。
 大空でいくらキキが上手に宙返りをしても、誰からも拍手をもらえません。  それが少しだけ残念に思いました。
   キキは、ある日の夜、こっそりとサーカスの大テントに戻ってしまいました。  もう2度と戻らないと決心していたのに、どうしてもピエロのロロや団長に会いたかったのです。
 キキは、開けっ放しだった大テントの窓からこっそりと中に入っていきました。  もう夜でしたから、出し物は終わっていて、大テントの中は暗くてガランとしていました。  2回ほど羽ばたいて、あの空中ブランコの踏み板までやってきました。
 キキは、もういちど四回宙返りをやってみることにしました。  自分の力を試したかったのかもしれません。  だから、ふたつの翼を使うつもりはありませんでした。  そして、あのおばあさんからもらった、澄んだ青い水の入った小瓶もありませんでした。
 キキは、くちばしを使ってブランコにつかまりました。  そして、あの時と同じように、大きくブランコを振って、真っ暗な天井の奥へ向かって飛び出していました。   キキは翼を伸ばしました。でも羽ばたきはしません。
  一回転します。
  また花が開くように翼が伸びて、抱き抱えるようにつぼんで…二回転。今度は水から跳び上がるお魚のように跳ねて…三回転。  しかし、三回転半したところで、次のブランコまでは届かないことに気づきました。
   ブランコの下には網も張っていません。  白鳥になったキキですから、羽ばたけば固い地面に落ちることはありません。  でも、キキは、けっして羽ばたこうとはしませんでした。  まるで猟銃で撃たれてしまった鳥のように頭から落ちていきます。
 キキは、同じようにブランコから落ちて亡くなってしまったお父さんのことを思っていました。
   …お父さん、わたしはもうすぐ、そっちに行くから、待っていてね。
 そのときでした。  落ちていくキキの体を誰かがつかみました。  つかんだのは、キキと同じような白鳥でしたが、ずいぶんと年をとっているようです。  キキは、その白鳥のクチバシで体を優しくくわえられて、ふわりと着地することができました。
 …ありがとう。お父さん。
 キキには分かっていました。  あの年老いた白鳥がキキのお父さんだったことを。
 キキの足下には、一本の真っ白い羽が落ちていました。  キキは、その羽を拾いあげました。  それは年老いた白鳥の羽でした。
 不思議なことに、キキの体からは羽がなくなっています。  そう、すっかり人間の体に戻っていたのです。
 近くから大きな拍手が聞こえてきます。そして、ライトが一斉について大テントの中はとても明るくなりました。   ピエロのロロと、団長がキキの近くにいて笑顔で拍手をしています。  そしてふたりは、泣き笑いをしながらキキを抱きしめました。
 キキの目からも涙があふれてきました。   涙をぬぐいキキが入ってきた大テントの窓を見上げると、年老いた白鳥が、じっとキキの方を見ていました。
   その白鳥は、キキを力づけるかのように大きな鳴き声をあげると海の方へと飛んでいきました。  それいらい、誰もその年老いた白鳥を見ることがありませんでした。
 キキは、サーカスのブランコ乗りに戻りましたが、やはり三回宙返りがせいいっぱいで四回宙返りは、どうしてもできませんでした。
   でも、町の人々は、まるで翼が生えたようにいっそう華麗になったキキの演技に満足して、その姿をうっとりとして見ています。  注意深くキキの姿を見ると、白い羽の髪飾りを付けています。
 キキは、この町に、そしてこの大テントに戻ってきたのです。  
 空中ブランコ乗りのキキが戻ってきたことで、人々のどよめきが、潮鳴りのように町中を揺るがして、その古い港町をふたたび活気づけました。  人々はみんな思わず涙を流しながら、辺りにいる人々と、肩をたたき合い大きくて、賞賛と喜び、そして驚きがこもっている拍手が鳴りやむことはありませんでした。

あたしの風

あの男性(ひと)がやってきたのは2学期の途中、そうです、そろそろ秋の気配を感じる風が吹き始めるころでした。   教室の大きな窓から吹き込んできた風のようにあのひとはやってきました。
 転校生でした。
本当に冷たい風のようなひとでした。  でも、あたしには、その風がとても心地よかったのです。   お風呂に入った後、お散歩に出かけた時に感じる風のように。  クラブ活動を終えた帰り道に、あの丘の上で感じる風のように。  遠足で行った高原で、あたしの頬を一瞬なでる風のように。  あのひとは、遠く遠くから風と一緒にやってきました。  この田舎町よりも、ちょっと都会だったようです。  クラスメイトも、そしてあたしも、その風が教室内で吹くことにためらいがありました。
 だって、  その風は、香りが違ったからです。
 その風は、ぬくもりがなくて冷たかったからです。
 その風は、少し湿っていたからです。
 でも、
 あたしは、その風に優しさを感じていました。
 あたしは、その風に抱かれてみたいと思っていました。
 あたしは、その風を思い切り吸い込んであたしの中に入れてみたいと思っていました。
いつもは優しいあたしのクラスメイトも、その風が教室に流れ込むことを許しませんでした。
   なぜでしょうか。
やはり、
 その風は、香りが違ったからです。
 その風は、ぬくもりがなくて冷たかったからです。
 その風は、少し湿っていたからです。
 あのひとが連れてきた風は、そのうち、すっかり弱々しい風になってしまいました。
 もう風ではなくて、教室にある普通の空気に混ざってしまい、あの香りはなくなってしまいました。  クラスメイトも、馴染めなかった新しい風が吹かなくなって安心しているようでした。
    3年生になっても、あたしはあのひとと同じクラスになれました。  もう、あのひとには、あたしの好きな風を感じることができません。
そして、その日は、突然やってきました。  やっぱり、2学期の途中、そろそろ秋の気配を感じる風が吹き始めるころでした。   朝のホームルームの時間に、あのひとは教室の前に立って、みんなに別れの挨拶をしていました。  あのひとは、やってきた時とくらべると全然元気がなくて、まるで空気が抜けた風船のようにしぼんでしまったように感じました。  通り一遍のあいさつが終わりました。  その時、あたしは、あの心地よい風を肌に感じていました。  だから、あたしは立ち上がって、開けっ放しだった教室の大きな窓を急いで閉めました。
   この風は、絶対にこの教室から出したくありませんでした。
 だって、  あたしは、その風に優しさを感じていました。
 あたしは、その風に抱かれてみたいと思っていました。
 あたしは、その風を思い切り吸い込んであたしの中に入れてみたいと思っていました。
 あのひとは、そんなあたしの姿をちらっと見ると、大きなスポーツバッグを持って、ほとんど無表情で教室から出て行ってしまいました。
 あたしのことを、クラスメートが不思議そうに見ていましたけど、そんなことはかまいませんでした。  徐々に、あのひとの風が教室から消えていってしまいました。
 なぜだか説明はできないけれど、あたしは教室から出て、あのひとの後を追いかけました。  あのひとの姿はみえなくても、あのひとの後には、あの素敵な香りが残っていました。
 あのひとは、あの丘の上に立っていました。  そこには、強い風が吹いていて、あたしは今にも吹き飛ばされてしまいそうでした。   やっと、あのひとのそばにたどり着きました。  あのひとは、あたしに向かって言いました。  でも風が強くて、とぎれとぎれにしか聞こえてきません。
「ぼくの… 風はきみに… でも… ここから離れても… いつか…きみと… この風に気づいたら… いいかい?」
 あたしは、
「もちろんよ。あたしをあなたの風で包んでちょうだい。そして、一緒に連れていって。」
 こう言って、目を閉じました。  すると、風があたしの体をすっぽりと包んでいることに気がつきました。
 その時、
 あたしは、その風に優しさを感じていました。
 あたしは、その風にもっと長く抱かれてみたいと思っていました。
 あたしは、その風を思い切り吸い込んであたしの中に入れてみました。
 風がだんだん弱くなって、心地よい香りだけがあたしのそばに残っていました。  目を開いて見ると、あのひとはいなくて、丘の下、遠くの方で土埃が舞っているのが見えました。  それ以来、あのひとと連絡はとれていないし、どこにいるのかも分からなくなってしまいました。
 でも、あたしは時々、あの丘で風が吹くのを待っています。
 あのひとは、絶対にあたしを迎えに来てくれるはず。
 その時には、優しい風に抱かれて、そしてその風を思い切り吸い込んであたしの中に入れてみようと思っています。  あのひとは、それを許してくれるはずです。
   優しい風であたしを包んで、あなたの住む街に連れていって…。 

My Emotional Supports

好きな作品を集めてきました。

マイク・オールドフィールド初期の傑作
まだ見ぬ風景を見たい方へ
Incantations
Incantations

こんなコンサートはマイクにしかできません
まさしく尋常ではない盛り上がり
アート・イン・ヘヴン・コンサート ザ・ミレニアム・ベル-ライヴ・イン・ベルリン
アート・イン・ヘヴン・コンサート ザ・ミレニアム・ベル-ライヴ・イン・ベルリン

レムといえばこの作品
その世界に身を委ねてください
ソラリス
ソラリス

筒井作品としてはマニア度が問われるものです
筒井上級者?に薦めます
脱走と追跡のサンバ
脱走と追跡のサンバ

筒井康隆 七瀬シリーズ3部作
こちらはどなたでも楽しめます 1作読むごとに感動が増していきます 人間心理・家族心理への深い洞察
家族八景 七瀬ふたたび エディプスの恋人
家族八景
七瀬ふたたび
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ディックを読むと現実世界が急に危ういものになってしまいます
アンドロイドは電気羊の夢を見るか?
アンドロイドは電気羊の夢を見るか?

人生で必要なことはすべてここに書いています
毎日1ページでも読みたい本
7つの習慣―成功には原則があった!
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シベリウスのシンフォニー全集 第1番から第7番までのボックスセットです
母国のオーケストラによる演奏はシベリウスへの愛情が感じられます
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