秋のドッペルゲンガー

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ベートーベン「交響曲第9番(合唱付き)」

2007/06/15(金) 19:36:19

 夏の満員電車ほど辛いものはない。
 もちろん、どの季節だって通勤電車ってのは嫌なもんだ。

 あと何年、こうやって満員電車に乗り続けなければならないのだろうか。
 朝は、一様に不機嫌な顔をした俺と同類のサラリーマンに囲まれ、両足に履いている靴のサイズだけのスペースをやっと確保している。
 夜は、一様に酒臭いオヤジに囲まれているが、俺自身も同じ酔っぱらいだと思うと余計情けなくなる。
 どっかで聞いた話だが、人間ってのは自分の半径1メートル以内に他人がいるとストレスを感じるらしい。
 動物と一緒で縄張り本能みたいものがあるのだろうか。
 もちろんこれが恋人同士だったら別で1センチでも近くにいたほうがいいだろう。
  
 満員電車では1メートルどころじゃなく、四方八方に他人がいて体を密着させているからそのストレスたるや相当なもんだろう。
 まあ、生きるため、食うため仕方がないってあきらめなければならない。

 俺は、ちょっとでもこの苦痛を和らげるために、ウォークマンで音楽を聴いている。
 主に聴くのは最近はやりのヒーリングミュージックというもので、日本語では「癒しの音楽」というのだろう。
 俺はずっとこういった音楽のことをフィーリングミュージックだと勘違いしていた。
 まことにお恥ずかしいことである。

 今夜も、酔っぱらいに囲まれて新宿発の通勤快速電車に乗っていた。 
 快速という名の電車は、住宅街を縫って走るせいか全く快い速度ではなくどちらかというと痛勤鈍足電車と言った方がお似合いだった。

 混雑して座ることはできなかったので、いつものように連結部近くにある小さなスペースに体を滑らせて吊り革につかまった。
 ヘッドフォンを耳に付け、立ったまま目を閉じ癒しの音楽を聴き始めた。

 ……うん。確かにちょっとは癒される。アコースティックな響き。そして決して急がないテンポ。言葉がない音楽……いろんな情景が俺の頭の中に浮かんでくる。
 一種の退行現象だろうか……昔飼っていた犬のこと、川で泳いだこと、リュックサックを背負って遠足に行ったこと……そんなことが思い出される。
 
 そんな時、突然、曲調が変わり壮大な音楽が流れてきた。
 あっ、なんだ、これ。
 こんな音楽を入れたはずがないんだが。

 その曲がなんだかすぐに分かった。
 ベートーベンの交響曲第9番、いわゆる「第9」だった。
 
 第9には思い入れがあった。
 俺の親父がこの曲を好きで、俺が子供の頃に何回も繰り返しレコードをかけていた。
 あげくの果てに、「歓喜」の合唱部分……これはドイツ語だがカタカナに置き換えて一生懸命覚えていた。
 親父は俺と姉にこの歌詞を覚えさせて一緒に「合唱」させた。
 親子3人が合唱するなんて光景を思い出すとなかなかシュールな場面であるが、そのことを俺は懐かしく感じていた。

 俺の耳元では、交響曲第9番のテノールの独唱が始まった。
 記憶ではこの後に、管弦楽の演奏があって、あの有名な「歓喜の歌」いわゆる「第9の合唱」が始まる。
 ウォークマンに第9なんかを入れたはずがなかったのだが、そんなことも忘れてこの勇壮な音楽に身をゆだねていた。

 管弦楽の演奏が終わり、ほんの少しの間をおいて、例の合唱が始まった。
 よく年末にこの合唱は歌われるけど、やはりなかなかの迫力だ。

ダイネ ツァウベル ビンデン ヴィーデル ヴァス ディー モーデ シュトレング ゲタイルト
アーレ メンシェン ヴェールデン ブリューデル ヴォー ダイン ザンフテル フリューゲル ヴァイルト
 
 
 合唱を聴いていると、思わず親父が書いたあのカタカナの歌詞が脳裏に蘇ってくる。
 ……よく覚えていたもんだ。

 あれ、ボリュームを上げてなんかいないのに、合唱が大きくなってきたぞ。
 なんなんだ、こいつ。
 俺の横に立っている俺より年配の冴えない中年男が、第九を歌ってやがる。
 嫌な野郎だ……たぶん俺のヘッドフォンから音が漏れたんだろう。
 それにしても、なかなかいい声質だ。歌詞なんかも正確に歌ってやがる。
 あっ、なんだ……合唱がテノール部分に入ると今度は俺の目の前の座席に座っている女がソロパートを歌い始めた。
 こいつは、さっきから驚異的早さで携帯電話のメールを打っていたOL風の女だ。
 ……この女は情感たっぷり、そして艶やかに歌った。

 でもこいつらは何者なんだ・・・まったく気持ち悪い。
 
 歌が終わると、なにもなかったように俺の横の男はつり革にぶら下がり疲れた表情で目を閉じているし、前にいる女は、器用な指使いでまたメールを打ち始めていた。

 ヘッドフォンからは、また合唱が聞こえてきた。
 ここからがクライマックスだ。
 すると、まず俺の横の男がいきなり歌い始め、次に前の女も続いた。
 ……またか、こいつらふざけている。

 合唱がどんどんと大きくなって電車内に鳴り響いている。
 まさしく大合唱だ。
 俺の前の座席に座っていた奴ら全員、そして俺の後ろからも歌声が聞こえてきた。
 気がつくと、この電車に乗っている酔っぱらいの男、そして疲れた顔をしていた女全員が歌っていた。
 そしてそれは完璧な合唱だった。

フロイデ シェーネル ゲッテルフンケン トホテル アウス エリーズィウム
ヴィール べトレーテン フォイエルトゥルンケン ヒムリッシェ ダイン ハイリヒトゥム
ダイネ ツァウベル ビンデン ヴィーデル ヴァス ディーモーデ シュトレング ゲタイルト
アーレ メンシェン ヴェールデン ブリューデル ヴォー ダイン ザンフテル フリューゲル ヴァイルト


 俺も、ヘッドフォンを耳から外し、親父が書いてくれたあのカタカナを思い出しながら、腹から声を出して他の乗客に負けないように歌った。
 男性パート、女性パートのバランスも完璧だし、テンポも乱れることはない。
 乗客全員が喜びの表情に包まれていた。
 まさしく「歓喜の歌」だ。

 気がつくと俺は、あの中年男とメール女と肩を組んで歌っていた。
 こんな一体感を味わったことはない。
 なんて気持ちがいいんだろう。
 
 通勤電車は、完璧な合唱を響かせながらゆっくりと次の駅へと向かっていた。 

 (完)

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コメント
私も
おもしろかったです!
ドッペルさんの実話だと思って読んでいたら、…。
小説だったんですね。
現実と夢とが交錯しているような、異時空間に入ったような、
不思議痛勤快速電車に一緒に乗せてもらったような気分を
味わえましたよ。歌声が聴こえてくるようでした。

第9ってこういう歌詞なんですね。お父様が書いてくださったというのは本当のお話なのかな~と思いました。素敵なお父様ですね。
キングの「グリーンマイル」も一緒にまわして読んだと書いていらっしゃいましたものね。

OLさんだった頃に新宿発の通勤快速電車に乗って帰りました。
満員電車は嫌だったな…。
ドアが開かない区間が長いこと…。
貧血を起こしたり、お腹が痛くなったり、痴漢にあったり、お財布をすられたり…。
座れたりすると、うっかり眠ってしまって先の方の駅で目が覚めたり;;

ウォークマンてその頃あったかな。
通勤時間を使って読書をすることが多かったです。
現実の苦痛から「本の世界」に逃げていましたよ。
URL|沙羅 #-|2006/09/05(火) 23:29 [ 編集 ]
すみません;;
↑上のコメントの出だし「私も」は
「OLさんだった頃に…」を続けて書いていたのですけど、
感想を先に書かなきゃと思って、最初の文章を書き足しました。

なのに、「私も」を消し忘れました;;
一応注釈をi-229
URL|沙羅 #-|2006/09/05(火) 23:33 [ 編集 ]
おお~
こんにちは~!
これ、素敵なお話ですね! とくに結末が良かったです。肩を組んで、電車で、というところが私敵にはかなりツボでした!
URL|ntmym #-|2006/09/06(水) 16:33 [ 編集 ]
沙羅さん
 こんなヘンテコな話にコメントをくださり、ほんとーにありがとうございます。
 親父の話は、そのとおり実話なんですよ。
 貧乏学生だった時代から、クラシックの素養なんてなかったのに、いろんなレコードを買っていたようです。
 本当に通勤電車は嫌いです!キッパリ
 あまり好きな人はいないと思いますけど、混み合った電車の中って、やはりみんな不機嫌になってしまいますよね。
 そこで通勤電車に乗っている乗客がみんな仲良くなったらどうだろうか?…なんて考えていたら大合唱の話が思い浮かびました。
 これが自然と親父の記憶と結びついて、「電車の中の第9合唱」なんてハナシになったんで自分でも不思議です。
 通勤電車で読書ってのも定番ですね。
 私の場合、どうも集中できないし、座りながらだとすぐに寝てしまうんで、最近は好きな音楽を聴いてますね。
 もちろんFeeling musicなんですけどね。
URL|ドッペル #-|2006/09/06(水) 20:25 [ 編集 ]
ntmymさん
 こんばんはー、コメントありがとう!
 見ず知らずの単なる乗客が一体になる…なんて現実にはありえないですけど、そうなったら面白いなーと思いました。
 このハナシに何かオチを付けようと一生懸命考えていました。一応ショートショートのつもりでしたから。
 でも、別にオチがなくてもいいや!って開き直って書いてしまいました。
 そーですか、ntmymさんのツボを探り当てることができたようですね!
URL|ドッペル #-|2006/09/06(水) 20:32 [ 編集 ]
お腹に笑いがこもっていて苦しい(><)
です。
子供の頃の家族との思い出って、今思うとなんでそんなことしてたんだろうとか、ありますよね。らんららも、なぜか早朝、家族でマラソンしてました。嫌いなのに、なぜ?未だに分からない。
そんなこと思い出しながら、読んでいったら、もう、皆、第九にはまって、きっと心の中で歓喜の涙流して(TT)/
らんららも、歌います…
ふんふんふん、ふんi-185。(ドイツ語分かりません^^;)
URL|らんらら #-|2006/09/07(木) 13:07 [ 編集 ]
らんららさんへ
  私は、よく父と家出をしてましたね、両親が親子げんかすると私を連れて一緒に家出をしました。
 すると父はおもちゃやだとか駄菓子屋に連れて行ってくれたのです。
 だから、早く夫婦げんかしないかなと楽しみにしていたんですよ。
 ドイツ語の響きってなんか好きなんですよ。
 ちょっと戦争のイメージがあるんですけどね。
 コメント、本当にありがとうございます。v-535
URL|ドッペル #-|2006/09/08(金) 20:42 [ 編集 ]
ネカフェより
ネットがつながらない状況なのでネカフェにて・・。

ドッペルさんのほんとの話なんだか小説なんだかわからない文章(乱暴な言い方ですいません)はとっても好きですし、見習いたい部分です。
そして読みやすく引き込まれる作風にはちゃぶ台をひっくり返したくなる思いです、はい。

たまにしかこない使えないファンより(笑)
URL|D #-|2006/09/09(土) 09:59 [ 編集 ]
おう!
来たな、D氏!
ひとり寂しくネカフェかい?
もっとパーッと行こうぜ!←(自分に言ってるようで;;)

オハナシによっちゃ、「自分」を想定して書いてるからこうなるんだな。いつも書いてるけどこれは意図的じゃないんだ。
16もDもいなくなって、かなり意欲消失気味で俺が卓袱台をひっくり返したいよ。まったく。

たまにじゃなくて、毎日来いよ!e-237
URL|ドッペル #-|2006/09/09(土) 20:03 [ 編集 ]

自分がヘッドフォンで聴いている音楽を、電車に乗り合わせた人たちが脈絡もなく歌いだすんですよ。
これってすごく怖くないですか?
わたしはてっきりドッペルさん流のホラー話だと思ったんですが。
URL|piaa #-|2006/09/10(日) 18:48 [ 編集 ]
確かに
  こんなことが現実にあったら怖すぎます。v-39
  おそらく逃げ出してしまうでしょうねi-282
  だからホラーの一種として読んで頂いてもいいと思います。
  一応自分としては、現実→不条理の世界ってパターンがすごく好きだし、現実では考えられないシチュエーションだからオハナシになるのだと考えています。
 ただ、現実→不条理・・・にオハナシを持って行くためにはかなりの力量が必要なんですけどね。
 特に、短編ではそこらへんの説明的文章なんてすっ飛ばして書き進めてしまいます。
 かといって、その説明を書いてみろなんて言われても合理的なことは書けないんですけどね。
 最後の場面は、黒澤明監督の「まあだだよ」をかなり意識して書いています。(脳内では;;)
 コメント、ほんとうにありがとうございます。i-276  
URL|ドッペル #-|2006/09/10(日) 20:44 [ 編集 ]
このお話、後からじんわり楽しいですね。
 大学時代サークルが合唱団だったので
 サークルの飲み会のときは会場で
 酔っ払ってみんなで大合唱を必ずやって、一緒に飲んでいたお客さんたちから拍手(と ひんしゅく)をもらったりしていたのを思い出しました。
 しまいにゃ大学の校歌まで歌ってどこの大学生かバレバレでした…。
 ビアガーデンでやったのが、一番受けていたような記憶があるので夏の満員電車とちょっと重なりました。
 ちゃぶ台ひっくり返すD氏とドッペルさんの横で、私は座布団まわしをいたそうかと存じます。
URL|佐藤さえ #mppWPqFs|2006/09/12(火) 23:28 [ 編集 ]
さえちゃん
 合唱団でしたか~
 合唱と言えば、ゲロゲロゲロゲロ グワグワッワーっていうのしか知りませんv-535
 あっ、これは輪唱でしたっけ?
 昔は歌声喫茶っていうのがあったそうですね。
 喫茶店でコーヒー飲みながら歌うのでしょうか?
 つまらなさそうです。
 酒っていうのは歌心を刺激しますよね。(麻痺させるのかも?)
 卓袱台ってなにかひっくり返すための道具みたいですね^^
URL|ドッペル #-|2006/09/13(水) 23:28 [ 編集 ]

はじめまして画像妄想小説のぴエロと申します。
夏の満員電車で第九をみんなで合唱・・・
不思議な出来事のお話ですね。
素敵です。

トラックバックさせていただきました。
画像妄想小説にも一度遊びに来てください。
よろしくお願いします。
URL|ぴエロ #-|2006/09/19(火) 04:14 [ 編集 ]
ぴエロさん
はじめまして!
コメント&TB、ほんとにありがとうございます。
画像を使用した二次小説なのでしょうか?
独創的ですね。
ぴエロさんのとこにもお邪魔させていただきますね!
URL|ドッペル #-|2006/09/19(火) 23:27 [ 編集 ]
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『ジャンプのTo LOVEる とらぶる ララちゃん萌え』
 「見て見てこのジャンプのTo LOVEる とらぶるの幼少の頃のララちゃんを!もうめちゃめちゃこのララちゃん萌えじゃない?」
画像妄想小説|2006/09/19(火) 04:13

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空中ブランコ乗りのキキ(創作続編)

キキは、穏やかな海の上をゆっくりと羽ばたいていました。
 潮の香りがする空気をふたつの翼で包みながら前に進みます。  四回宙返りを成功したときのお客さんの拍手がまだキキの耳に残っています。  三回宙返りを成功させたときよりも、大きく、賞賛と喜び、そして驚きがこもっている拍手でした。  キキは、そのことにとても満足していました。
キキは、自分が白鳥になってしまったことを受け入れることができました。  賞賛と拍手をもらい、そして、世界の誰にもできない四回宙返りができたのですから。
   キキは、ロープも網もない大空で宙返りをしてみました。  三回、四回、そしてそれ以上何回転でも、いとも簡単に宙返りができました。
 それはそうです。
 白鳥になってしまったキキにはふたつの翼があるからです。
 大空でいくらキキが上手に宙返りをしても、誰からも拍手をもらえません。  それが少しだけ残念に思いました。
   キキは、ある日の夜、こっそりとサーカスの大テントに戻ってしまいました。  もう2度と戻らないと決心していたのに、どうしてもピエロのロロや団長に会いたかったのです。
 キキは、開けっ放しだった大テントの窓からこっそりと中に入っていきました。  もう夜でしたから、出し物は終わっていて、大テントの中は暗くてガランとしていました。  2回ほど羽ばたいて、あの空中ブランコの踏み板までやってきました。
 キキは、もういちど四回宙返りをやってみることにしました。  自分の力を試したかったのかもしれません。  だから、ふたつの翼を使うつもりはありませんでした。  そして、あのおばあさんからもらった、澄んだ青い水の入った小瓶もありませんでした。
 キキは、くちばしを使ってブランコにつかまりました。  そして、あの時と同じように、大きくブランコを振って、真っ暗な天井の奥へ向かって飛び出していました。   キキは翼を伸ばしました。でも羽ばたきはしません。
  一回転します。
  また花が開くように翼が伸びて、抱き抱えるようにつぼんで…二回転。今度は水から跳び上がるお魚のように跳ねて…三回転。  しかし、三回転半したところで、次のブランコまでは届かないことに気づきました。
   ブランコの下には網も張っていません。  白鳥になったキキですから、羽ばたけば固い地面に落ちることはありません。  でも、キキは、けっして羽ばたこうとはしませんでした。  まるで猟銃で撃たれてしまった鳥のように頭から落ちていきます。
 キキは、同じようにブランコから落ちて亡くなってしまったお父さんのことを思っていました。
   …お父さん、わたしはもうすぐ、そっちに行くから、待っていてね。
 そのときでした。  落ちていくキキの体を誰かがつかみました。  つかんだのは、キキと同じような白鳥でしたが、ずいぶんと年をとっているようです。  キキは、その白鳥のクチバシで体を優しくくわえられて、ふわりと着地することができました。
 …ありがとう。お父さん。
 キキには分かっていました。  あの年老いた白鳥がキキのお父さんだったことを。
 キキの足下には、一本の真っ白い羽が落ちていました。  キキは、その羽を拾いあげました。  それは年老いた白鳥の羽でした。
 不思議なことに、キキの体からは羽がなくなっています。  そう、すっかり人間の体に戻っていたのです。
 近くから大きな拍手が聞こえてきます。そして、ライトが一斉について大テントの中はとても明るくなりました。   ピエロのロロと、団長がキキの近くにいて笑顔で拍手をしています。  そしてふたりは、泣き笑いをしながらキキを抱きしめました。
 キキの目からも涙があふれてきました。   涙をぬぐいキキが入ってきた大テントの窓を見上げると、年老いた白鳥が、じっとキキの方を見ていました。
   その白鳥は、キキを力づけるかのように大きな鳴き声をあげると海の方へと飛んでいきました。  それいらい、誰もその年老いた白鳥を見ることがありませんでした。
 キキは、サーカスのブランコ乗りに戻りましたが、やはり三回宙返りがせいいっぱいで四回宙返りは、どうしてもできませんでした。
   でも、町の人々は、まるで翼が生えたようにいっそう華麗になったキキの演技に満足して、その姿をうっとりとして見ています。  注意深くキキの姿を見ると、白い羽の髪飾りを付けています。
 キキは、この町に、そしてこの大テントに戻ってきたのです。  
 空中ブランコ乗りのキキが戻ってきたことで、人々のどよめきが、潮鳴りのように町中を揺るがして、その古い港町をふたたび活気づけました。  人々はみんな思わず涙を流しながら、辺りにいる人々と、肩をたたき合い大きくて、賞賛と喜び、そして驚きがこもっている拍手が鳴りやむことはありませんでした。

あたしの風

あの男性(ひと)がやってきたのは2学期の途中、そうです、そろそろ秋の気配を感じる風が吹き始めるころでした。   教室の大きな窓から吹き込んできた風のようにあのひとはやってきました。
 転校生でした。
本当に冷たい風のようなひとでした。  でも、あたしには、その風がとても心地よかったのです。   お風呂に入った後、お散歩に出かけた時に感じる風のように。  クラブ活動を終えた帰り道に、あの丘の上で感じる風のように。  遠足で行った高原で、あたしの頬を一瞬なでる風のように。  あのひとは、遠く遠くから風と一緒にやってきました。  この田舎町よりも、ちょっと都会だったようです。  クラスメイトも、そしてあたしも、その風が教室内で吹くことにためらいがありました。
 だって、  その風は、香りが違ったからです。
 その風は、ぬくもりがなくて冷たかったからです。
 その風は、少し湿っていたからです。
 でも、
 あたしは、その風に優しさを感じていました。
 あたしは、その風に抱かれてみたいと思っていました。
 あたしは、その風を思い切り吸い込んであたしの中に入れてみたいと思っていました。
いつもは優しいあたしのクラスメイトも、その風が教室に流れ込むことを許しませんでした。
   なぜでしょうか。
やはり、
 その風は、香りが違ったからです。
 その風は、ぬくもりがなくて冷たかったからです。
 その風は、少し湿っていたからです。
 あのひとが連れてきた風は、そのうち、すっかり弱々しい風になってしまいました。
 もう風ではなくて、教室にある普通の空気に混ざってしまい、あの香りはなくなってしまいました。  クラスメイトも、馴染めなかった新しい風が吹かなくなって安心しているようでした。
    3年生になっても、あたしはあのひとと同じクラスになれました。  もう、あのひとには、あたしの好きな風を感じることができません。
そして、その日は、突然やってきました。  やっぱり、2学期の途中、そろそろ秋の気配を感じる風が吹き始めるころでした。   朝のホームルームの時間に、あのひとは教室の前に立って、みんなに別れの挨拶をしていました。  あのひとは、やってきた時とくらべると全然元気がなくて、まるで空気が抜けた風船のようにしぼんでしまったように感じました。  通り一遍のあいさつが終わりました。  その時、あたしは、あの心地よい風を肌に感じていました。  だから、あたしは立ち上がって、開けっ放しだった教室の大きな窓を急いで閉めました。
   この風は、絶対にこの教室から出したくありませんでした。
 だって、  あたしは、その風に優しさを感じていました。
 あたしは、その風に抱かれてみたいと思っていました。
 あたしは、その風を思い切り吸い込んであたしの中に入れてみたいと思っていました。
 あのひとは、そんなあたしの姿をちらっと見ると、大きなスポーツバッグを持って、ほとんど無表情で教室から出て行ってしまいました。
 あたしのことを、クラスメートが不思議そうに見ていましたけど、そんなことはかまいませんでした。  徐々に、あのひとの風が教室から消えていってしまいました。
 なぜだか説明はできないけれど、あたしは教室から出て、あのひとの後を追いかけました。  あのひとの姿はみえなくても、あのひとの後には、あの素敵な香りが残っていました。
 あのひとは、あの丘の上に立っていました。  そこには、強い風が吹いていて、あたしは今にも吹き飛ばされてしまいそうでした。   やっと、あのひとのそばにたどり着きました。  あのひとは、あたしに向かって言いました。  でも風が強くて、とぎれとぎれにしか聞こえてきません。
「ぼくの… 風はきみに… でも… ここから離れても… いつか…きみと… この風に気づいたら… いいかい?」
 あたしは、
「もちろんよ。あたしをあなたの風で包んでちょうだい。そして、一緒に連れていって。」
 こう言って、目を閉じました。  すると、風があたしの体をすっぽりと包んでいることに気がつきました。
 その時、
 あたしは、その風に優しさを感じていました。
 あたしは、その風にもっと長く抱かれてみたいと思っていました。
 あたしは、その風を思い切り吸い込んであたしの中に入れてみました。
 風がだんだん弱くなって、心地よい香りだけがあたしのそばに残っていました。  目を開いて見ると、あのひとはいなくて、丘の下、遠くの方で土埃が舞っているのが見えました。  それ以来、あのひとと連絡はとれていないし、どこにいるのかも分からなくなってしまいました。
 でも、あたしは時々、あの丘で風が吹くのを待っています。
 あのひとは、絶対にあたしを迎えに来てくれるはず。
 その時には、優しい風に抱かれて、そしてその風を思い切り吸い込んであたしの中に入れてみようと思っています。  あのひとは、それを許してくれるはずです。
   優しい風であたしを包んで、あなたの住む街に連れていって…。 

My Emotional Supports

好きな作品を集めてきました。

マイク・オールドフィールド初期の傑作
まだ見ぬ風景を見たい方へ
Incantations
Incantations

こんなコンサートはマイクにしかできません
まさしく尋常ではない盛り上がり
アート・イン・ヘヴン・コンサート ザ・ミレニアム・ベル-ライヴ・イン・ベルリン
アート・イン・ヘヴン・コンサート ザ・ミレニアム・ベル-ライヴ・イン・ベルリン

レムといえばこの作品
その世界に身を委ねてください
ソラリス
ソラリス

筒井作品としてはマニア度が問われるものです
筒井上級者?に薦めます
脱走と追跡のサンバ
脱走と追跡のサンバ

筒井康隆 七瀬シリーズ3部作
こちらはどなたでも楽しめます 1作読むごとに感動が増していきます 人間心理・家族心理への深い洞察
家族八景 七瀬ふたたび エディプスの恋人
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ディックを読むと現実世界が急に危ういものになってしまいます
アンドロイドは電気羊の夢を見るか?
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人生で必要なことはすべてここに書いています
毎日1ページでも読みたい本
7つの習慣―成功には原則があった!
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シベリウスのシンフォニー全集 第1番から第7番までのボックスセットです
母国のオーケストラによる演奏はシベリウスへの愛情が感じられます
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