秋のドッペルゲンガー

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Eternal Quest2~黒い背広の男

2006/09/19(火) 22:08:31

 砂走(すなばしり)は、俺より5歳も若い男だがすでに課長職だ。
 社長、部長もこいつには一目置いている。
 それだけの実績を会社に残してきたし、こいつと論争しても誰も勝つことはできないだろう。
 声も大きく、体も大きかった。
 俺を叱責する時は、一際声が大きくなった。
 肉食獣の目をして、蟹のように口元に泡をためて怒鳴りまくる。
 俺を責めるための語彙は驚くほど豊富だった。
 同じ課の連中は、砂走の攻撃が俺に集中しているからずいぶん気が楽だろう。
 つまり俺は砂走の生け贄としては、この会社にとって存在価値があった。 
 
 「おい、あんた」
 砂走は、俺を名前で呼んだことがなかった。
 砂走から、あんたと呼ばれるのは俺だけだった。
 何だろう、どうせ、先週の営業成績のことを責めるつもりなんだろう。

 「あんた、生きてて楽しいのか」
 一瞬、言葉を失った。
 頭の中で、砂走の意図と、これからどんな虐めを展開してくるのかを考えていた。
 同僚たちは、いそがしそうにパソコンのキーボードをたたいたり書類を読んでいるふりをしていたが、俺と砂走の絡みを興味深く聞いているのがわかった。

 どうせ、俺のダメ社員ぶりを指摘して、最後には俺の人間性まで否定するつもりなんだろう。
 「おい、あんたに聞いてんだよ。言葉もしゃべれなくなったのか」
 砂走は、こう言ってから、俺と同期入社の主任に同意を求めるように顔を向け、「なあ」と言って大声で笑った。
 同期は、無理に笑顔をつくっていた。
 
 砂走は、俺を30分間、オモチャにしてやっと満足したようだ。
 俺の人間性を根底から否定するような内容だった。
 その間、俺はずっとデスクにある書類に目を落としていた。
 顧客から届いたクレームの書類だった。 
 その書類に、涙が落ちた。

 まだ、陽は高い。
 家に帰ることができるのは何時くらいだろう。
 まるで時間が止まっているように感じた。
 
 「あんたなあ、男のくせに涙なんか流しやがって。そんな暇があったら、一件でも契約を取ってこようと思わないのか」
 砂走の、この言葉を聞き、俺は、必要な書類を鞄に詰め込み、逃げるように会社を後にした。
 受付の女の子が、俺の姿を見て笑いをこらえていた。

 地下鉄の駅に向かいホームで電車を待っていた。
 大学生らしいアベックが楽しそうに話をしている。
 小学生が数人でじゃんけんをして遊んでいる。
 俺以外の人間は、皆輝いて見えた。
 世の中で、俺が一番ダメな人間に思えてきた。
 また、目が潤んできた。
 
 生きてるから、こんな辛さに耐えなければいけない。
 楽になろう。そう思った。

 ホームに濁った空気が流れ込んできて、電車が来るのが分かった。
 ホームの先端まで歩いていった。
 轟音が近づいてくる。覚悟はできている。
 あと数秒で、この悩みからも解放される。
 そう思うと、何か多幸感に包まれていた。

 電車のライトが見えた。
 今だ……実家の両親と愛犬のことが一瞬頭に浮かんだ。

 その時、俺の背後で誰かが呼びかける声を聞いた。
 
 「ギルマス、王女はどうするんですか?」

 その声で俺の動きが止まった。
 そして電車は、何事もなく入線した。
 俺は、まだホーム上にいる。
 後を振り向いた。
 
 さっき見た大学生のアベックしか近くにはいない。
 いや、改札の方に黒い背広を着た背の高い男が歩いている。
 長髪の男だ。
 電車が持ち込んだ風にその髪がなびいている。
 この男だろうか、それとも幻聴だったのか。

 電車に乗り込み、座席に座った。
 涙が止まらなく、大泣きをしてしまった。
 他の乗客が不思議そうに俺のことを見ている。

 ……ギルマス、王女はどうするんですか?……
 この言葉が何回も脳裏を駆けめぐった。
 死ぬべきだった俺がこうして生きてる。
 あの黒い背広の男のおかげだ。
 後ろ姿しか見ていない。
 その風貌、そしてゆったりと歩く姿にどこか見覚えがある。
 しかし、それが誰なのかどうしても思い出すことができなかった。 
 
 涙を拭いて、顔を上げた。
 俺の心の中で何かが叫んでいた。
 それは言葉にならない叫びだった。
    
 俺はまだ死んではいけない人間だってことだけはわかった。
 俺は生き続け、そしてやりとげなければならない使命があるのだ。       
  
 (第2話了 つづく)

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空中ブランコ乗りのキキ(創作続編)

キキは、穏やかな海の上をゆっくりと羽ばたいていました。
 潮の香りがする空気をふたつの翼で包みながら前に進みます。  四回宙返りを成功したときのお客さんの拍手がまだキキの耳に残っています。  三回宙返りを成功させたときよりも、大きく、賞賛と喜び、そして驚きがこもっている拍手でした。  キキは、そのことにとても満足していました。
キキは、自分が白鳥になってしまったことを受け入れることができました。  賞賛と拍手をもらい、そして、世界の誰にもできない四回宙返りができたのですから。
   キキは、ロープも網もない大空で宙返りをしてみました。  三回、四回、そしてそれ以上何回転でも、いとも簡単に宙返りができました。
 それはそうです。
 白鳥になってしまったキキにはふたつの翼があるからです。
 大空でいくらキキが上手に宙返りをしても、誰からも拍手をもらえません。  それが少しだけ残念に思いました。
   キキは、ある日の夜、こっそりとサーカスの大テントに戻ってしまいました。  もう2度と戻らないと決心していたのに、どうしてもピエロのロロや団長に会いたかったのです。
 キキは、開けっ放しだった大テントの窓からこっそりと中に入っていきました。  もう夜でしたから、出し物は終わっていて、大テントの中は暗くてガランとしていました。  2回ほど羽ばたいて、あの空中ブランコの踏み板までやってきました。
 キキは、もういちど四回宙返りをやってみることにしました。  自分の力を試したかったのかもしれません。  だから、ふたつの翼を使うつもりはありませんでした。  そして、あのおばあさんからもらった、澄んだ青い水の入った小瓶もありませんでした。
 キキは、くちばしを使ってブランコにつかまりました。  そして、あの時と同じように、大きくブランコを振って、真っ暗な天井の奥へ向かって飛び出していました。   キキは翼を伸ばしました。でも羽ばたきはしません。
  一回転します。
  また花が開くように翼が伸びて、抱き抱えるようにつぼんで…二回転。今度は水から跳び上がるお魚のように跳ねて…三回転。  しかし、三回転半したところで、次のブランコまでは届かないことに気づきました。
   ブランコの下には網も張っていません。  白鳥になったキキですから、羽ばたけば固い地面に落ちることはありません。  でも、キキは、けっして羽ばたこうとはしませんでした。  まるで猟銃で撃たれてしまった鳥のように頭から落ちていきます。
 キキは、同じようにブランコから落ちて亡くなってしまったお父さんのことを思っていました。
   …お父さん、わたしはもうすぐ、そっちに行くから、待っていてね。
 そのときでした。  落ちていくキキの体を誰かがつかみました。  つかんだのは、キキと同じような白鳥でしたが、ずいぶんと年をとっているようです。  キキは、その白鳥のクチバシで体を優しくくわえられて、ふわりと着地することができました。
 …ありがとう。お父さん。
 キキには分かっていました。  あの年老いた白鳥がキキのお父さんだったことを。
 キキの足下には、一本の真っ白い羽が落ちていました。  キキは、その羽を拾いあげました。  それは年老いた白鳥の羽でした。
 不思議なことに、キキの体からは羽がなくなっています。  そう、すっかり人間の体に戻っていたのです。
 近くから大きな拍手が聞こえてきます。そして、ライトが一斉について大テントの中はとても明るくなりました。   ピエロのロロと、団長がキキの近くにいて笑顔で拍手をしています。  そしてふたりは、泣き笑いをしながらキキを抱きしめました。
 キキの目からも涙があふれてきました。   涙をぬぐいキキが入ってきた大テントの窓を見上げると、年老いた白鳥が、じっとキキの方を見ていました。
   その白鳥は、キキを力づけるかのように大きな鳴き声をあげると海の方へと飛んでいきました。  それいらい、誰もその年老いた白鳥を見ることがありませんでした。
 キキは、サーカスのブランコ乗りに戻りましたが、やはり三回宙返りがせいいっぱいで四回宙返りは、どうしてもできませんでした。
   でも、町の人々は、まるで翼が生えたようにいっそう華麗になったキキの演技に満足して、その姿をうっとりとして見ています。  注意深くキキの姿を見ると、白い羽の髪飾りを付けています。
 キキは、この町に、そしてこの大テントに戻ってきたのです。  
 空中ブランコ乗りのキキが戻ってきたことで、人々のどよめきが、潮鳴りのように町中を揺るがして、その古い港町をふたたび活気づけました。  人々はみんな思わず涙を流しながら、辺りにいる人々と、肩をたたき合い大きくて、賞賛と喜び、そして驚きがこもっている拍手が鳴りやむことはありませんでした。

あたしの風

あの男性(ひと)がやってきたのは2学期の途中、そうです、そろそろ秋の気配を感じる風が吹き始めるころでした。   教室の大きな窓から吹き込んできた風のようにあのひとはやってきました。
 転校生でした。
本当に冷たい風のようなひとでした。  でも、あたしには、その風がとても心地よかったのです。   お風呂に入った後、お散歩に出かけた時に感じる風のように。  クラブ活動を終えた帰り道に、あの丘の上で感じる風のように。  遠足で行った高原で、あたしの頬を一瞬なでる風のように。  あのひとは、遠く遠くから風と一緒にやってきました。  この田舎町よりも、ちょっと都会だったようです。  クラスメイトも、そしてあたしも、その風が教室内で吹くことにためらいがありました。
 だって、  その風は、香りが違ったからです。
 その風は、ぬくもりがなくて冷たかったからです。
 その風は、少し湿っていたからです。
 でも、
 あたしは、その風に優しさを感じていました。
 あたしは、その風に抱かれてみたいと思っていました。
 あたしは、その風を思い切り吸い込んであたしの中に入れてみたいと思っていました。
いつもは優しいあたしのクラスメイトも、その風が教室に流れ込むことを許しませんでした。
   なぜでしょうか。
やはり、
 その風は、香りが違ったからです。
 その風は、ぬくもりがなくて冷たかったからです。
 その風は、少し湿っていたからです。
 あのひとが連れてきた風は、そのうち、すっかり弱々しい風になってしまいました。
 もう風ではなくて、教室にある普通の空気に混ざってしまい、あの香りはなくなってしまいました。  クラスメイトも、馴染めなかった新しい風が吹かなくなって安心しているようでした。
    3年生になっても、あたしはあのひとと同じクラスになれました。  もう、あのひとには、あたしの好きな風を感じることができません。
そして、その日は、突然やってきました。  やっぱり、2学期の途中、そろそろ秋の気配を感じる風が吹き始めるころでした。   朝のホームルームの時間に、あのひとは教室の前に立って、みんなに別れの挨拶をしていました。  あのひとは、やってきた時とくらべると全然元気がなくて、まるで空気が抜けた風船のようにしぼんでしまったように感じました。  通り一遍のあいさつが終わりました。  その時、あたしは、あの心地よい風を肌に感じていました。  だから、あたしは立ち上がって、開けっ放しだった教室の大きな窓を急いで閉めました。
   この風は、絶対にこの教室から出したくありませんでした。
 だって、  あたしは、その風に優しさを感じていました。
 あたしは、その風に抱かれてみたいと思っていました。
 あたしは、その風を思い切り吸い込んであたしの中に入れてみたいと思っていました。
 あのひとは、そんなあたしの姿をちらっと見ると、大きなスポーツバッグを持って、ほとんど無表情で教室から出て行ってしまいました。
 あたしのことを、クラスメートが不思議そうに見ていましたけど、そんなことはかまいませんでした。  徐々に、あのひとの風が教室から消えていってしまいました。
 なぜだか説明はできないけれど、あたしは教室から出て、あのひとの後を追いかけました。  あのひとの姿はみえなくても、あのひとの後には、あの素敵な香りが残っていました。
 あのひとは、あの丘の上に立っていました。  そこには、強い風が吹いていて、あたしは今にも吹き飛ばされてしまいそうでした。   やっと、あのひとのそばにたどり着きました。  あのひとは、あたしに向かって言いました。  でも風が強くて、とぎれとぎれにしか聞こえてきません。
「ぼくの… 風はきみに… でも… ここから離れても… いつか…きみと… この風に気づいたら… いいかい?」
 あたしは、
「もちろんよ。あたしをあなたの風で包んでちょうだい。そして、一緒に連れていって。」
 こう言って、目を閉じました。  すると、風があたしの体をすっぽりと包んでいることに気がつきました。
 その時、
 あたしは、その風に優しさを感じていました。
 あたしは、その風にもっと長く抱かれてみたいと思っていました。
 あたしは、その風を思い切り吸い込んであたしの中に入れてみました。
 風がだんだん弱くなって、心地よい香りだけがあたしのそばに残っていました。  目を開いて見ると、あのひとはいなくて、丘の下、遠くの方で土埃が舞っているのが見えました。  それ以来、あのひとと連絡はとれていないし、どこにいるのかも分からなくなってしまいました。
 でも、あたしは時々、あの丘で風が吹くのを待っています。
 あのひとは、絶対にあたしを迎えに来てくれるはず。
 その時には、優しい風に抱かれて、そしてその風を思い切り吸い込んであたしの中に入れてみようと思っています。  あのひとは、それを許してくれるはずです。
   優しい風であたしを包んで、あなたの住む街に連れていって…。 

My Emotional Supports

好きな作品を集めてきました。

マイク・オールドフィールド初期の傑作
まだ見ぬ風景を見たい方へ
Incantations
Incantations

こんなコンサートはマイクにしかできません
まさしく尋常ではない盛り上がり
アート・イン・ヘヴン・コンサート ザ・ミレニアム・ベル-ライヴ・イン・ベルリン
アート・イン・ヘヴン・コンサート ザ・ミレニアム・ベル-ライヴ・イン・ベルリン

レムといえばこの作品
その世界に身を委ねてください
ソラリス
ソラリス

筒井作品としてはマニア度が問われるものです
筒井上級者?に薦めます
脱走と追跡のサンバ
脱走と追跡のサンバ

筒井康隆 七瀬シリーズ3部作
こちらはどなたでも楽しめます 1作読むごとに感動が増していきます 人間心理・家族心理への深い洞察
家族八景 七瀬ふたたび エディプスの恋人
家族八景
七瀬ふたたび
エディプスの恋人

ディックを読むと現実世界が急に危ういものになってしまいます
アンドロイドは電気羊の夢を見るか?
アンドロイドは電気羊の夢を見るか?

人生で必要なことはすべてここに書いています
毎日1ページでも読みたい本
7つの習慣―成功には原則があった!
7つの習慣―成功には原則があった!

シベリウスのシンフォニー全集 第1番から第7番までのボックスセットです
母国のオーケストラによる演奏はシベリウスへの愛情が感じられます
Sibelius: Complete Symphonies; Violin Concerto; Finlandia
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