秋のドッペルゲンガー

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居心地の良い家

2006/10/24(火) 19:21:03

 もう何十年も賃貸住宅での生活を続けている。
 東京で一戸建て住宅を持つなんて夢のまた夢の話だ。
 かろうじて、通勤1時間半以上の場所であれば2LDK程度のマンションを買えるだろう。
 でも俺は、まだ独り者だし、これから30年、それも死亡保険加入が条件の住宅ローンまで組んで家を買おうとなんて気にはとてもなれない。

 賃貸生活を続けていると、いろいろな条件…たとえば駅からの距離、車の騒音、近隣との問題、大雑把にいえば生活環境ってのが自分の条件に合わなくなって、転々と住まいを変える羽目に陥ってしまっている。
 生活環境が自分に合っているかどうかは、実際に数年住んでみなければ分からないからかなりやっかいなものだ。

 今俺が住んでいるところは、家賃は格安だが右隣の部屋の奴はなにやら熱心な宗教家らしく、毎朝5時に、大声で念仏のようなものを唱え、最後にはドラだかシンバルだかを大音響で鳴らすんで、俺は慢性的な睡眠不足に陥っている。

 左隣は、家族で住んでいるが、小学生の子供がピアノを習い始めたらしく、その音に悩まされている。
 まだバイエルあたりなのだが、明らかに才能がないらしく、リズム・テンポはメチャクチャで、まさしく不協和音といえる演奏を聞いていると発狂してしまいそうになる。

 そんなわけで、俺は新しい住まいを探すため駅前の不動産屋に来ている。
 俺の理想は、とにかく静かに眠ることができる部屋だ。
 それだけでいい。そのほかは、特に条件なんかない。
 
 小さな不動産屋だった。
 ここの親父は奥のソファーに座っていた。
 親父は不健康なほどの巨体で、最初ここに入ったときには、親父がいることに気づかなかった。
 ソファーが急に浮き上がったかと思ったら、それは親父だった。
 それだけ親父の体がソファーに沈み込み一体化していたのだ。
 立ち上がった親父は、俺より頭ふたつ大きな男だった。
 坊主頭に黒縁眼鏡でいかにも強欲そうな顔をしていたが、口元だけは少女のような可憐さを感じた。

 親父に俺の求める住まいの話をしたとことろずいぶんと理解してくれ、しきりと頷いている。 「ええ、そうですとも。家というのもは安らぎの場所でなければなりません。あなたのようば優秀なサラリーマンであれば、まさしく職場は戦場でしょう。ええ、そうに決まっています。ええ、ええ、そうですとも」
 まるで、変声期前の少年のような甲高い声で言った。

 なんて話が分かる親父なんだろう。
 この親父にまかせれば、いい物件が見つかるだろう。
 親父は、俺の顔をのぞき込むようにして言った。
「ところでお客さん。ちょっと値段が張るんですけどね。最高の物件がありますよ。 どうですか、すぐそこですから見に行きませんか」

 良い部屋であれば、少しくらい高くたって構わない。
 俺は親父の運転する、黒塗りの高級車に乗って物件を見に行った。
 「それでは出発進行」などとふざけているんだか、まじめなのかは分からないが、とにかく親父は車を発進させた。
 車の心地よいサスペンションの揺れで、俺はすっかり車中で眠ってしまったらしい。
「お客さん、お客さん。着きましたよ。早く起きてください。」

 俺は目をこすり、車の中から外を見ると、すでに日が落ちていた。
 おかしい。不動産屋に行ったのは昼飯を食ったすぐ後だった。

 何時間も車に乗っていたのだろうか。
 そういえばかなり深い眠りに落ちていた。 
 
 でも、ここはどこなんだろう。
 霧が出ているのだろうか。
 このあたりの空間が靄って白濁しているように感じる。

 親父は、「早く、早く。こっちに来ないと、この物件は売り切れてしまいますよ」
 なぜか親父はとても嬉しそうだ。俺の前で、巨体からは考えられないほどの身軽さでスキップをしながら案内している。 
 俺たちは家なんか一軒もない獣道のような場所を歩いていった。
 親父は相変わらず、スキップをして、おまけに口笛まで吹いている。

 こんなところに良い物件があるのだろうか。
 俺は、心配になった。
 すると親父は、その心配に気づいたかのように、
「今どきねえ、この都会で安住の場所なんてあるわけないんだよ。でも、あんたが相当疲れたっていうもんだから、ここに連れてきてやったのさ」
 そう言った親父の顔は、笑っているようにも見えたし、泣いているようにも見えた。

 俺たちの前には、小さな建物が見えた。
 これが、その物件なんだろう。
 まるで映画の書き割りのようにも見える平屋建ての小さな家だった。
 壁は全面黒色で、白い靄の中に浮かんでいるようだった。
 確かに静かな場所で、俺のような疲れたサラリーマンにはとっておきの場所に違いない。

 俺は、その建物の扉を開けて中に入った。
 そして部屋の真ん中にあるベッドに横たわってみた。
 確かに素晴らしい寝心地だ。
 
 親父も部屋の中に入ってきて、俺の横にやってきた。
 かすかに天花粉の香りがした。
 そして俺に向かって目を閉じると静かに両手を合わせた。

 聞いた話によると、北枕ってのは風水やら、地球の磁力の関係やらで一番安眠に適しているらしい。
 確かにこうやって北枕で横たわっていると、なにやら解脱というのだろうか、妙に心が落ち着いてくる。
 
 俺は、じっと目を閉じあまりの快適さにウトウトしていると、どうやら親父が線香に火を付けたようだ。
 部屋の中で天花粉と線香の香りが混じり、より一層気持ちよくなってきた。
 おまけに親父は木魚まで叩き始めて、甲高い声でなにやら念仏のようなものを唱え始めた。
 
 これこそ俺が求めていた落ち着ける部屋だった。
 永住できる場所をやっと見つけることができたのだ。
 俺は線香の香りと、木魚のリズミカルな音に包まれて眠りにつこうとしていた。

 木魚の音がやみ、また天花粉の香りが近づいてきた。
 そしてドアが静かに開き、そして閉まる音が聞こえた。
 親父がスキップする足音がだんだんと小さくなっていった。
 
 俺は、この居心地の良い部屋にひとりとなり、以前のように途中で起こされたりせずに、いつまでも永遠に眠り続けることができるんだという幸せをかみしめていた。
 
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コメント

「スキップ」は見事です。見事ですわ。
だからこそ、この物語に欠けているいるのは
不動産の親父様が、名古屋章なのか横山ノックなのか
というところじゃございませんこと?!

出来れば最後に陶酔したような親父様の顔が欲しかったわ。
URL|老婆歯科 #DSptUo96|2006/10/24(火) 20:11 [ 編集 ]
でしょ?
親父を描かなきゃって思ったけど、ちょっと面倒だった。
できれば、喪黒なんとかっていう藤子不二男の「ドーン」ってやつをイメージして欲しい!
URL|ドッペル #-|2006/10/24(火) 20:26 [ 編集 ]
てなわけで
親父を描いてみたけどさあ。
もっと上手く親父を描けば、いい小説になるんじゃないかな。
チェーンソーマンみたいのが描きたいんだけどな。
URL|ドッペル #-|2006/10/24(火) 21:25 [ 編集 ]

つまり、
髭をお剃りになった水野晴朗様のような
臀部を顔にしたような
方なのですね。
URL|老婆歯科 #DSptUo96|2006/10/25(水) 12:25 [ 編集 ]
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空中ブランコ乗りのキキ(創作続編)

キキは、穏やかな海の上をゆっくりと羽ばたいていました。
 潮の香りがする空気をふたつの翼で包みながら前に進みます。  四回宙返りを成功したときのお客さんの拍手がまだキキの耳に残っています。  三回宙返りを成功させたときよりも、大きく、賞賛と喜び、そして驚きがこもっている拍手でした。  キキは、そのことにとても満足していました。
キキは、自分が白鳥になってしまったことを受け入れることができました。  賞賛と拍手をもらい、そして、世界の誰にもできない四回宙返りができたのですから。
   キキは、ロープも網もない大空で宙返りをしてみました。  三回、四回、そしてそれ以上何回転でも、いとも簡単に宙返りができました。
 それはそうです。
 白鳥になってしまったキキにはふたつの翼があるからです。
 大空でいくらキキが上手に宙返りをしても、誰からも拍手をもらえません。  それが少しだけ残念に思いました。
   キキは、ある日の夜、こっそりとサーカスの大テントに戻ってしまいました。  もう2度と戻らないと決心していたのに、どうしてもピエロのロロや団長に会いたかったのです。
 キキは、開けっ放しだった大テントの窓からこっそりと中に入っていきました。  もう夜でしたから、出し物は終わっていて、大テントの中は暗くてガランとしていました。  2回ほど羽ばたいて、あの空中ブランコの踏み板までやってきました。
 キキは、もういちど四回宙返りをやってみることにしました。  自分の力を試したかったのかもしれません。  だから、ふたつの翼を使うつもりはありませんでした。  そして、あのおばあさんからもらった、澄んだ青い水の入った小瓶もありませんでした。
 キキは、くちばしを使ってブランコにつかまりました。  そして、あの時と同じように、大きくブランコを振って、真っ暗な天井の奥へ向かって飛び出していました。   キキは翼を伸ばしました。でも羽ばたきはしません。
  一回転します。
  また花が開くように翼が伸びて、抱き抱えるようにつぼんで…二回転。今度は水から跳び上がるお魚のように跳ねて…三回転。  しかし、三回転半したところで、次のブランコまでは届かないことに気づきました。
   ブランコの下には網も張っていません。  白鳥になったキキですから、羽ばたけば固い地面に落ちることはありません。  でも、キキは、けっして羽ばたこうとはしませんでした。  まるで猟銃で撃たれてしまった鳥のように頭から落ちていきます。
 キキは、同じようにブランコから落ちて亡くなってしまったお父さんのことを思っていました。
   …お父さん、わたしはもうすぐ、そっちに行くから、待っていてね。
 そのときでした。  落ちていくキキの体を誰かがつかみました。  つかんだのは、キキと同じような白鳥でしたが、ずいぶんと年をとっているようです。  キキは、その白鳥のクチバシで体を優しくくわえられて、ふわりと着地することができました。
 …ありがとう。お父さん。
 キキには分かっていました。  あの年老いた白鳥がキキのお父さんだったことを。
 キキの足下には、一本の真っ白い羽が落ちていました。  キキは、その羽を拾いあげました。  それは年老いた白鳥の羽でした。
 不思議なことに、キキの体からは羽がなくなっています。  そう、すっかり人間の体に戻っていたのです。
 近くから大きな拍手が聞こえてきます。そして、ライトが一斉について大テントの中はとても明るくなりました。   ピエロのロロと、団長がキキの近くにいて笑顔で拍手をしています。  そしてふたりは、泣き笑いをしながらキキを抱きしめました。
 キキの目からも涙があふれてきました。   涙をぬぐいキキが入ってきた大テントの窓を見上げると、年老いた白鳥が、じっとキキの方を見ていました。
   その白鳥は、キキを力づけるかのように大きな鳴き声をあげると海の方へと飛んでいきました。  それいらい、誰もその年老いた白鳥を見ることがありませんでした。
 キキは、サーカスのブランコ乗りに戻りましたが、やはり三回宙返りがせいいっぱいで四回宙返りは、どうしてもできませんでした。
   でも、町の人々は、まるで翼が生えたようにいっそう華麗になったキキの演技に満足して、その姿をうっとりとして見ています。  注意深くキキの姿を見ると、白い羽の髪飾りを付けています。
 キキは、この町に、そしてこの大テントに戻ってきたのです。  
 空中ブランコ乗りのキキが戻ってきたことで、人々のどよめきが、潮鳴りのように町中を揺るがして、その古い港町をふたたび活気づけました。  人々はみんな思わず涙を流しながら、辺りにいる人々と、肩をたたき合い大きくて、賞賛と喜び、そして驚きがこもっている拍手が鳴りやむことはありませんでした。

あたしの風

あの男性(ひと)がやってきたのは2学期の途中、そうです、そろそろ秋の気配を感じる風が吹き始めるころでした。   教室の大きな窓から吹き込んできた風のようにあのひとはやってきました。
 転校生でした。
本当に冷たい風のようなひとでした。  でも、あたしには、その風がとても心地よかったのです。   お風呂に入った後、お散歩に出かけた時に感じる風のように。  クラブ活動を終えた帰り道に、あの丘の上で感じる風のように。  遠足で行った高原で、あたしの頬を一瞬なでる風のように。  あのひとは、遠く遠くから風と一緒にやってきました。  この田舎町よりも、ちょっと都会だったようです。  クラスメイトも、そしてあたしも、その風が教室内で吹くことにためらいがありました。
 だって、  その風は、香りが違ったからです。
 その風は、ぬくもりがなくて冷たかったからです。
 その風は、少し湿っていたからです。
 でも、
 あたしは、その風に優しさを感じていました。
 あたしは、その風に抱かれてみたいと思っていました。
 あたしは、その風を思い切り吸い込んであたしの中に入れてみたいと思っていました。
いつもは優しいあたしのクラスメイトも、その風が教室に流れ込むことを許しませんでした。
   なぜでしょうか。
やはり、
 その風は、香りが違ったからです。
 その風は、ぬくもりがなくて冷たかったからです。
 その風は、少し湿っていたからです。
 あのひとが連れてきた風は、そのうち、すっかり弱々しい風になってしまいました。
 もう風ではなくて、教室にある普通の空気に混ざってしまい、あの香りはなくなってしまいました。  クラスメイトも、馴染めなかった新しい風が吹かなくなって安心しているようでした。
    3年生になっても、あたしはあのひとと同じクラスになれました。  もう、あのひとには、あたしの好きな風を感じることができません。
そして、その日は、突然やってきました。  やっぱり、2学期の途中、そろそろ秋の気配を感じる風が吹き始めるころでした。   朝のホームルームの時間に、あのひとは教室の前に立って、みんなに別れの挨拶をしていました。  あのひとは、やってきた時とくらべると全然元気がなくて、まるで空気が抜けた風船のようにしぼんでしまったように感じました。  通り一遍のあいさつが終わりました。  その時、あたしは、あの心地よい風を肌に感じていました。  だから、あたしは立ち上がって、開けっ放しだった教室の大きな窓を急いで閉めました。
   この風は、絶対にこの教室から出したくありませんでした。
 だって、  あたしは、その風に優しさを感じていました。
 あたしは、その風に抱かれてみたいと思っていました。
 あたしは、その風を思い切り吸い込んであたしの中に入れてみたいと思っていました。
 あのひとは、そんなあたしの姿をちらっと見ると、大きなスポーツバッグを持って、ほとんど無表情で教室から出て行ってしまいました。
 あたしのことを、クラスメートが不思議そうに見ていましたけど、そんなことはかまいませんでした。  徐々に、あのひとの風が教室から消えていってしまいました。
 なぜだか説明はできないけれど、あたしは教室から出て、あのひとの後を追いかけました。  あのひとの姿はみえなくても、あのひとの後には、あの素敵な香りが残っていました。
 あのひとは、あの丘の上に立っていました。  そこには、強い風が吹いていて、あたしは今にも吹き飛ばされてしまいそうでした。   やっと、あのひとのそばにたどり着きました。  あのひとは、あたしに向かって言いました。  でも風が強くて、とぎれとぎれにしか聞こえてきません。
「ぼくの… 風はきみに… でも… ここから離れても… いつか…きみと… この風に気づいたら… いいかい?」
 あたしは、
「もちろんよ。あたしをあなたの風で包んでちょうだい。そして、一緒に連れていって。」
 こう言って、目を閉じました。  すると、風があたしの体をすっぽりと包んでいることに気がつきました。
 その時、
 あたしは、その風に優しさを感じていました。
 あたしは、その風にもっと長く抱かれてみたいと思っていました。
 あたしは、その風を思い切り吸い込んであたしの中に入れてみました。
 風がだんだん弱くなって、心地よい香りだけがあたしのそばに残っていました。  目を開いて見ると、あのひとはいなくて、丘の下、遠くの方で土埃が舞っているのが見えました。  それ以来、あのひとと連絡はとれていないし、どこにいるのかも分からなくなってしまいました。
 でも、あたしは時々、あの丘で風が吹くのを待っています。
 あのひとは、絶対にあたしを迎えに来てくれるはず。
 その時には、優しい風に抱かれて、そしてその風を思い切り吸い込んであたしの中に入れてみようと思っています。  あのひとは、それを許してくれるはずです。
   優しい風であたしを包んで、あなたの住む街に連れていって…。 

My Emotional Supports

好きな作品を集めてきました。

マイク・オールドフィールド初期の傑作
まだ見ぬ風景を見たい方へ
Incantations
Incantations

こんなコンサートはマイクにしかできません
まさしく尋常ではない盛り上がり
アート・イン・ヘヴン・コンサート ザ・ミレニアム・ベル-ライヴ・イン・ベルリン
アート・イン・ヘヴン・コンサート ザ・ミレニアム・ベル-ライヴ・イン・ベルリン

レムといえばこの作品
その世界に身を委ねてください
ソラリス
ソラリス

筒井作品としてはマニア度が問われるものです
筒井上級者?に薦めます
脱走と追跡のサンバ
脱走と追跡のサンバ

筒井康隆 七瀬シリーズ3部作
こちらはどなたでも楽しめます 1作読むごとに感動が増していきます 人間心理・家族心理への深い洞察
家族八景 七瀬ふたたび エディプスの恋人
家族八景
七瀬ふたたび
エディプスの恋人

ディックを読むと現実世界が急に危ういものになってしまいます
アンドロイドは電気羊の夢を見るか?
アンドロイドは電気羊の夢を見るか?

人生で必要なことはすべてここに書いています
毎日1ページでも読みたい本
7つの習慣―成功には原則があった!
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シベリウスのシンフォニー全集 第1番から第7番までのボックスセットです
母国のオーケストラによる演奏はシベリウスへの愛情が感じられます
Sibelius: Complete Symphonies; Violin Concerto; Finlandia
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